コメディ「英文読解教室」 作 柴田耕太郎

Episode1 講義『武器よさらば』

場面:黒板に下記の英文。学校机と椅子。

人物:脇に立つ英文学教授の大西高男(オニキョー)。椅子に座っている女子学生のあすか。

In the late summer of that year we lived in a house in a village that looked across the river and the plain to the mountains. In the bed of the river there were pebbles and boulders, dry and white in the sun, and the water was clear and swiftly moving and blue in the channels. Troops went by the house and down the road and the dust they raised powdered the leaves of the trees. The trunks of the trees too were dusty and the leaves fell early that year and we saw the troops marching along the road and the dust rising and leaves, stirred by the breeze, falling and the soldiers marching and afterward the road bare and white except for the leaves.

オニキョー:

今日はアメリカの文豪、ヘミングウェーの名作『武器よさらば』の冒頭部分を取り上げます。あすかさん、訳してください。

あすか:

はい。その年の夏も終わるころ、私たちはある村の、川と平野のかなたに山が見える家に住んでいた。川床には小石や丸石が陽の光に白く乾いていて、水路を流れる水は澄んで速く青かった。

オニキョー:

さすが東都女子大特待生、よくできとる。けどな、水路って何や?農業用水か何かあるんか。

あすか:

さあ・・・。辞書にchannel「水路」って出てました。

オニキョー:

あすかちゃん、ええか。辞書にある言うんなら「テレビのチヤンネル」したかてええんか?「テレビのチャンネルで水は速く流れていた」って?家じゅう水浸しや!英語は多義なんよ。元の意味から文脈によっていろいろ広がるんやで。ここは夏やから川の水が少のうなって幾筋にも分かれて流れとるのやろ。論理的に読み取るんや。このchannelについては、昔僕が子供のころ、ビッグニュースが日本を駆け巡った。「火星に運河の跡がある」云うんや。ちょうど映画館で「火星人東京に現る」なんて―まあ今から見ればちゃちなセットの映画やったけど―のを見たばかりだったんで、子供心に驚いた覚えがある。これはな、イタリアの科学者が精度のええ望遠鏡をのぞいて、火星にcanari があったのを発見した報道なんや。このcanari は英語ではchannel、それが日本語に訳され「運河」になったんや。科学者本人は「水の流れた跡」と言いたかったのや。つまりcanari=channel=水流、の意味で使ったん。それを外信記者か誰だか知らんが受験式丸暗記の一単語一訳語で、何の疑問もなくchannel「運河」として配信したから、日本中大騒ぎになったんやで。英語は意味が広いから、文法と論理と文脈で訳語を決めにゃならんのや。ほな、これどう訳す?(黒板に書く) A cow boy ate hot dog.

あすか:

「牛に乗った少年が熱い犬を食べた」。

オニキョー:

違うでしょう、あすかちゃん!遊ばんと、ちゃんと訳しなさい。

あすか:

済みません。では本気出して。「カウボーイがホットドッグを食べました」。

オニキョー:

それでええ。では次のとこ。

あすか:

はい。軍隊が家のそばを過ぎて街道を通り、木の葉はそのあげるほこりにまみれていた。木々の幹にもほこりがついていた。その年は木の葉が早く落ちた。私たちの目には軍隊が街道を行軍し、土煙があがり、微風にゆすられて木の葉が落ち、兵士が進み、彼らが通過したあとは道は人気がなく白々として木の葉だけが残るのが見えた。

オニキョー:

大体ええな。そやけど、一か所、文句いいたいとこあるで。「微風」でええんか?

あすか:

breezeは「微風」「そよ風」としか辞書には出てませんけど・・・。

オニキョー:

それ「バカ野郎、謝って済むならお巡りいらねえや」ちゅうのと同じやで、「辞書を引くだけで済むなら英文読解必要ない」。訊くで、「微風」でもって「木の葉」が落ちるか?君のイメージする「微風」はどんなんや。

あすか:

(歌って)「そよ吹く風に小鳥の群れは河の流れに囁きかける・・・」。

オニキョー:

なつかしい!フランソワ・ヴィリエ監督の名画『川は呼んでる』。あの主人公の女の子、可愛かったな、春風駘蕩といった情景のなか羊飼いの手伝いをする「オルタンス」ちゃん、あの役誰やったけっけ・・・。それと、他には。

あすか:

「久方のひかりのどけき春の日にしず心なく花の散るらむ」紀友則。

オニキョー:

おお賢いね、さすが僕の学生や、英文読解には教養も必要やし。ハラハラと静かに桜は散るのやね。そやけどどちらにせよ、その程度の風でもって葉っぱが落とせるかいな。breezeっちゅのはもっと強いんやで。幅あるけど、秒速1,6〜13,8mのいわば「軽風」のことや。お天気おねえさんやったら「午後は少し強めの風が吹きます」言うとこ。ちなみに「春一番」かて秒速8mくらい。フランスの詩人マラルメの詩にもbrise de la marine(ブリーズ・ド・ラ・マリーヌ)『海の微風(そよかぜ)』ちゅう日本語題名がついたんがあるんやけど、それが詠まれたセトーちゅう浜辺の町に行ってみいな、風が強うて、髪とか、女性ならスカート抑えなならんほどや。日本語の「そよ風」にあたるのは、強いて訳せばgentle breeze, light airsぐらいやろ。そう、辞書は絶対でない、何事も疑問をもって批判的に読み解くことが大切であって・・・。ちょっと待った、あすかちゃん、何でや、授業中に断わりもなく抜け出すなんて失礼やないか。

あすか:

済みません、BS夕日の学生レポータの仕事があって。先生の熱演のお邪魔しないよう、挨拶なしにそっと出てゆくフレンチ・リーブのつもりで・・・・

オニキョー:

粋なこと言うね、なら許したる。けど僕としては、今度はフレンチ・キッスのほうがええな。

ページトップへ