卒業生 堀千恵子さん

(拙著『翻訳家で成功する』工作舎より抜粋)

上級者はこれくらい

I have been asked innumerable times since the publication of my last book, The physics of Star Trek, to talk about the relationship of science to science fiction. I think the connection is a simple one: We are all inspired by the same questions.


どの本であれ書き出し部分は難しい。著者の思いがこもっているからだ。ここの[論理]は「科学とSF の共通点(relationship)は、根っこ(connection)が同じということ、つまり同じ疑問(same questions)に突き動かされている」となるだろう。[発想]としては、「バラの木にバラの花咲く何ごとの不思議なけれど――」(北原白秋)あるいは「空に虹をみるときにわたしの心はおどる」(ワーズワース)と似ている。不可思議を想う素朴な気持ち、が「同じ疑問」の中味だ。この箇所だけではわかりにくいが、原文はユーモアあふれる筆致で綴られている。科学入門書のイメージにこだわらず[文体]は軽やかにのびのびとしたものとするのがよいだろう(との判断を翻訳者なるものくださねばならない)。それが、ルポライターを本業とする翻訳者の手にかかると――


SFと科学のかかわりをどう見るかというテーマで、講演依頼が私に殺到したのは、前著『スタートレックの物理学』(The physics of Star Trek)刊行後のことだったが、私にいわせれば、両者のつながりは単純なものだ。科学者とSF作家は共通の疑問をもち、その疑問を抱くことによって霊感を得てきた。つまり、どちらもその根っこは同じなのである。


また、大学教員(元私立女子大専任講師・英語)だと――

私の最新の著書『スター・トレックの物理学』が出版されてからと言うものの、科学と空想科学小説(SF)の関係について講じてくれと、何度頼まれたかしれない。思うに、そのふたつの共通点はごく単純なものである。それは、人間は誰しも同じことを疑問に感じる、ということである。


あえて論評しないが、職業って出てしまうものなのですね。
さて、そこで真打ち登場(本書の訳者となった堀千恵子)。といっても、最初からOKが出たわけではない。堀・訳の初稿はこうだった。


[堀・初稿]

実際の科学とSFはどう関連しているのか? 前作“The Physics of Star Trek”を出版して以来、私は繰り返しこの質問を受けた。答えはずばり、どちらも同じ疑問に端を発している、ということだ。


「論理も発想も文体も、基本的には理解出来ている。しかし、このままではダメ、せっかく本を手にした読者が買ってくれない」と私はいった。「いわなくて済む言葉ははずす、漢語は和語にする、等価の原則に立ち返り発想自体を日本語で表わす」。
そして上がってきたのが、次の訳文だ。


[堀・最終稿]

科学とSFはどこでつながっているのか? 前著 “The Physics of Star Trek”を出してからというもの、私は繰り返しこう尋ねられた。その答えはずばり、不思議を解き明かそうとする心である。


こういう訳し方を好まない人もいるだろう。しかし、本の書き出しを印象深いものにしようという原著者の発想をくみとれば、こんな翻訳があってもいい。

女性SF作家の第一人者・大原まり子は、新聞の書評欄でこの訳書を取り上げ、次のように紹介をはじめた。

科学とSFはどこでつながっているのか――とたずねられて、『SF宇宙科学講座』(日経BP社)の著者、ローレンス・M・クラウスはずばり「不思議を解き明かそうとする心である」と答える。(朝日新聞一九九八年九月二一日)
少なくとも強いインパクトを与えることには成功している。

卒業生の実績
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