第9回 『英文解釈教室 第10章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

10.1.4
Its purposes are to develop friendly relations @among all nations based on the principle of equal rights and duties.
それの目的は、@すべての国の間に、平等な権利義務の原則に基づく友好的関係を発展させることにある。

@「すべての国の間に」:誤差
「間に」では「発展させる」に連なることになり、コロケーションが悪い。

修正訳:「すべての国の間での」

10.1.11
There is no better opportunity than that given by daily conversation for @improving the quality of speaker’s thought and speech.
話し手の@思想や言葉を高めるための機会としては、日常の会話によって与えられる機会にまさるものはない。

@「思想や言葉を高める」:誤差
「思想」と「言葉」の並列は不自然。また「高める」とのコロケーションが悪い。大上段すぎる「思想」、月並みすぎる「言葉」のレベルをそろえるのがよい。

修正訳:「思考力や発言力を磨く」または「考える力や話す力を高める」

10.1.12
There is this remarkable difference between men and animals: that the latter are governed by nothing but their instinct and have very little @perception of past or future.
人間と動物の間には次のような顕著な差異、つまり後者は本能のみによって支配され、@過去や未来について知ることはほとんどないという差異がある。

@「過去や未来について知る」:誤差
「知る」の訳語があいまい。perceptionの意味「或るものの性質をはっきりと理解すること」を出さないと、説得性に欠ける。

修正訳:「過去や未来を認識する」

10.1例題(1)
@The very bigness of America has an importance in the formation of its tradition which it is not easy to overestimate. AIt creates the belief that America is different, is somehow exceptional, that there is reserved for its citizens another destiny from that which is to befall the Old World.
@アメリカの伝統の形成には、アメリカの大きさそのものが重要であって、この重要性はいくら重視してもしすぎることはない。Aそこからは、アメリカは他国とは違っており、なぜかは知らぬが例外的な国であって、旧世界に降りかかることになっている運命とは別の運命がアメリカ人を待っているのだというA信念が生まれてくる

@「アメリカの伝統の形成には、アメリカの大きさそのものが重要であって、」:誤差
「形成には」は「重要」に連なることとなり、コロケーションが悪い。またimportanceが可算名詞化されているので、重要性がいくつかあるうちの一つを示唆する訳にすることが望ましい。

修正訳:アメリカの伝統を形成する上で、アメリカの大きさそのものが重要な要素となっており、」

A「そこからは…信念が生まれてくる」:誤差
英単語は多義であり、また幅が広い。beliefは、「信念」から「考え方」までの幅がある。ここ「信念」では強すぎるので、弱めた訳語にする。

修正訳:「そこから…強い思いが生まれてくる」

10.2.1
How can a united nation arise in @a country which is larger than the European continent exclusive of Russia,@ with a people of such diverse background and a history so short?
ロシアを除いたヨーロッパ大陸よりも大きく、@かくも多様な背景を持つ国民とかくも短い歴史しか持たぬ国に、どうして統一国家が誕生しえようか。

@「かくも多様な背景を持つ国民とかくも短い歴史しか持たぬ国に、」:悪訳
「国民」と「歴史」を並列させるのは、悪しき日本語。動詞を加えて、並列を自然なものとする。

修正訳:「かくも多様な国民がいて、かくも短い歴史しか持たぬ国に、」

10.2例題
There is no creature with which man has surrounded himself that seems so much like a product of civilization, so much like the result of @development on special lines and in special fields, as the honey-bee. Indeed, a colony of bees, with their neatness and love of order, their division of labor, their public-spiritedness, Atheir thrift, and Btheir complex economies, seems as far removed from a condition of rude nature as does a walled city or a cathedral town.
人間が身近に飼っている生物の中で蜜蜂ほど文明の所産らしく思われるもの、@特殊な方面や特殊な分野での発達の成果らしく思われるものはほかにない。それどころか、蜜蜂の集団が整然として秩序を愛し、分業を行い、公共心に富み、A倹約であり、B複雑な有機的組織を持っているのを見ると、それは城壁をめぐらした都市や大寺院のある町と同様に、未開の自然状態をはるかに脱却しているように思われる。

@「特殊な方面や特殊な分野での発達」:誤差
lines(方面)とfields(分野)は同義語反復で、訳しわけに苦吟するには及ばない。specialは(1)特別の (2)独自の、のうち(2)。方向性からしても領域からしても、独特の発展をした、といっている。

修正訳:「自己の領域を独特なものに発展させた」

A「倹約であり」:悪訳
「集団が」は「倹約であり」に連なるが、コロケーションが悪い。

修正訳:「倹約を旨とし」

B「複雑な有機的組織」:悪訳
「有機的組織」といって理解できるものだろうか。このeconomyは、秩序を維持する仕掛け、のことだろう。

修正訳:「複雑な機構」

10.3.5
In the eighteenth century, a new attitude of mind was spreading among @thoughtful people which was to influence every aspect of life.
18世紀には@思想家の間に新たな精神的姿勢が広まり、それが生活のあらゆる面に影響を及ぼすこととなった。

@「思想家」:誤差
「思想家」では、専門家のようだ。「思索にふける傾向のある人々」とわかるような訳語が望ましい。

修正訳:「思慮深い人々」

10.3例題
The will to learn seems capable of triumphing over @the most astonishing obstacles. It can triumph over fatigue. There is abundant evidence that one can go on and on with the most exacting mental tasks with astonishingly little decline in efficiency. Even after a job of work has become acutely distasteful, it still remains possible to go on doing it well. Indeed, Athe suggestion has been made in highly responsible quarters that there is no such thing as mental fatigue at all, in the sense of sheer inability to produce any more results as a consequence of continuous work. When we want to stop we soothe our consciences by saying that we can’t continue.
学ぼうという意志があれば@最も驚くべき障害にも打ち勝つことができるように見える。意志は疲労を克服することもできる。多くの証拠によれば、最も骨の折れる仕事をいくら続けても、能率が低下せずにいられるのは驚くほどである。ある仕事がひどくいやになったあとでも、なおそれを立派にやり続けることは可能である。それどころか、きわめて信ずべき筋のA発言によれば、仕事を続けたためにこれ以上成果を生み出すことがまったくできなくなるという意味での精神的疲労などまったく存在しないと言われている。休みたくなると我々は、これ以上は続けられないと言って良心を慰めるのである。

@「最も驚くべき障害」:誤差
これは比較の対象を含意しない絶対最上級。

修正訳:「どんな驚くべき障害」

A「発言」:誤差
「きわめて信頼すべき筋の」ときたら「言」と続くのがふつうだろう。

修正訳:「言」
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