第8回 『英文解釈教室 第9章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社) 全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

9.1.1
@I know no statesman in the world who with greater right than I can say that he is the representative of his people.
自分が国民の代表であると、私よりも大きな権利をもって言うことのできる@政治家を私は世界中に知らない

@「政治家を私は世界中に知らない」:誤差
あまりにも直訳的。I know that 〜 の形で、「〜という事実に気づいている」「〜ということをはっきり自覚している」の意味。
ここ、文の骨子はI can say with the greatest right that I am the representative of my people.

修正訳:「政治家は世界中にいないはずである」

9.1.2
The modern American schools provide the young of all classes with @the common background that in an old, rural society is provided Aby tradition, by the daily life in each community.
現代のアメリカの学校はあらゆる階級の若者に@共通の生活体験を与えているが、それは昔の農村社会であれば、A伝統によって、つまり、それぞれの地域社会の日常生活によって与えられるものなのである。

@「共通の生活体験」:悪訳
このbackgroundは、「基礎知識、素養」の意味。例:have a background in music(音楽の素養がある)。

修正訳:「共通の素養」

A「伝統によって」:誤差
「伝統」では抽象的すぎて、「つまり」以下に続かない。もう少し具体的な訳語を選んだほうがよい。

修正訳:「しきたりによって」

9.1.5
@There are plenty of people who we know quite well are innocent of this crime.
この犯罪とは無関係であることを我々がよく知っている人が多数いる。=@我々がよく知っているところでは、この犯罪と無関係な人が多数いる

@「我々がよく知っているところでは、この犯罪と無関係な人が多数いる」:悪訳
「知っているところでは」が、傍観者的に響く。be innocent ofは、罪を犯していない。=以下は意訳のつもりなのだろうから、語順も変え、もっと強く訳したほうがいい。

修正訳:「本件に関し無罪と我々が断言できる人が多数いる」

9.1.7
He was not excited over the prospect of marrying her, for she stirred in him none of the emotions of wild romance that @his beloved books had assured him were proper for a lover.
彼女と結婚すると考えても、彼は心がおどらなかった。@彼の愛読する書物によると恋する者にふさわしいと断言されている熱烈なロマンスの感情が、彼女を見ても彼の心には少しも起こらなかったからである。

@「彼の愛読する書物によると恋する者にふさわしいと断言されている」:誤差
proper forは「…に適した」だが、意味するところは「for以下が持っていてよいと認められる」こと。「ふさわしい」ではつなぎが悪い。

修正訳:「彼の愛読する書物によると恋する者にあって然るべきと断言されている」

9.2.3
Parenthood @is capable of producing the greatest happiness that life has to offer.
親であることは、人生が与えうる最大の幸福を@与えてくれることができる

@「与えてくれることができる」:悪訳
「与えてくれることができる」はおかしな日本語。「誰に与えるの」かも不明確。元訳を少し変えるなら、「親になることは、人生が与えうる最大の幸福を人に与えてくれる」とでもしたい。直訳にしようか意訳にしようか頭の中ではっきりしないまま訳をつけた、という感じ。直訳ならば、修正訳のようになろう。

修正訳:「生み出すことができる」

9.2.9
The thing about her which I @knew I would never forget was the look in her eyes.
彼女のことで、決して私が忘れないと@分かっているのは、彼女の目つきだった。

@「分かっているのは」:悪訳
動詞がいくつか並ぶ過去の叙述についての訳は、ふつう文末だけを過去形にすればよいのだが、ここはknewを過去形で訳さないと「今わかっている」ように読めてしまう。それで「わかっていたのは」とすれば、状態動詞knewを正しく訳したことになるが、どうも強い感じになるので、修正訳のようにしたい。

修正訳:「思ったのは」

9.3.9
While the citizens of Great Britain and Northern Ireland are British, so are the citizens of other members of the British Commonwealth, @outstanding among which are Canada, Australia, and New Zealand.
グレート・ブリテンと北アイルランドの国民もブリティッシュであるが、他の英連邦構成国の国民も同様である。@他の構成国の中で特に目立つのは、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドである。

@「他の構成国の中で」:誤差
その前の文で挙げられた以外に構成国があるわけではない。

修正訳:「それら構成国の中で」

9.3例題(3)
Beyond the red and violet of the spectrum lies a whole range of light waves to which @the senses remain insensible. But with the help of the ingenious instruments which he has contrived for himself, modern man has become aware of Aall sorts of light waves of the existence of which he would otherwise have been ignorant.
スペクトルの赤と紫の外にも、@感覚によっては知覚しえぬ光波の広大な領域が存在している。しかし、みずから作り出した精巧な道具の助けを借りて、現代人はあらゆる種類の光波について知るにいたったが、もしそれらの道具の発明がなかったら、Aそれらの光波の存在について人間は無知のままでいたであろう。

@「感覚によっては知覚しえぬ」:誤差
the sensesは「五感」(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)。

修正訳:「五感が認識しえぬ」

A「それらの光波の存在について」:誤差
「それらの」があいまい。

修正訳:「それら存在している全光波について」

9.4.2
Although @the action of this novel begins when George the Fourth was still the King of England, we say to ourselves that this is the sort of thing we know life to be.
この小説に出てくる@活動は、ジョージ4世がまだ英国王だった時代にはじまっているけれども、我々は、これが我々が知っている人生そのままだと考えるのである。

@「活動」:悪訳
このactionは「筋の運び」のこと。

修正訳:「筋」

9.4.4
Science can give us things we want; or @things we do not know we want until it presents us with them.
科学は、我々がほしがるもの、@科学に与えられてはじめてほしいと思うものを与えてくれる。

@「科学に与えられてはじめてほしいと思うもの」:悪訳
意識下では元々ほしかった、そのことを与えられてはじめて気づいた、の意味。

修正訳:「科学に与えられてはじめてほしかったのがわかるもの」

9.4.9
Most of us @can remember the first time we heard or read something which seemed to throw a new light upon the world.
大多数の人は、世界に新しい光を投げかけるように見えるものをはじめて聞いたり読んだりした時を@思い出すことができる

@「思い出すことができる」:誤差
can+感覚動詞は、(1)進行形の代用 (2)状態を表す (3)(そうしようとする)意志が入る、の3つの使われ方があり、かつどれともとれそうなことが多い(ここもそう)。
「…できる」一点張りの訳は、「能力」にとれてしまって、不自然になることがある。

修正訳:「思い出すのである」
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