第7回 『英文解釈教室』第8章

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社) 全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

8.1.1
It is a @plain and simple duty for those who wish to act rightly, and who have realized their limitations, to refuse great positions Ahumbly and seriously, if they know that they will be unequal to them.
自分が高い地位にふさわしくないと知っている場合、その地位をA謙虚かつ真剣に拒むことは、正しく行動することを願い自己の限界を知っている人の@明白単純な義務である。

@「明白単純な」:誤差
英語は似たような意味を重ねて言うのが好きな言語なのである。これも同義語反復。二語の意味の差に苦吟する必要はない。

修正訳:「明々白々な」

A「謙虚かつ真剣に拒む」:誤差
これも広い意味での同義語反復。「謙遜して真面目に拒絶する」ことを日本語では何というか。

修正訳:「固辞する」

8.1.3
There are opportunities for the boys and girls to do a great many useful things outside of the regular @school work.
少年少女には、決まった@学校の仕事のほかに、多くの有益なことをする機会がある。

@「学校の仕事」:誤差
仕事では、意味が広すぎる。このworkは、勉強のことだろう。

修正訳:「課業」

8.1.4
While the other still lay she went into the kitchen and lit the fire and made water hot for her husband and for her mother @to drink when they woke.
他の者がまだ寝ている間に彼女は台所に入って、火をたき、夫と母が起きてから@飲むための湯をわかした。

@「飲むための」:誤差
厳密にいえば「飲むための湯」ならhot water to drinkとなるはず(形容詞が前から名詞を修飾する場合に、永続的・分類的・一般的な意味をあらわす。後ろから修飾する場合は、一時的・個別的)。
ここは「drinkするためにwaterをhotな状態にmade」と読むべきところ(to不定詞の副詞的用法)。

修正訳:「飲めるように」

8.2.4
I fell asleep, @too exhausted to come to any decision that night, my mind full of doubt and perplexity.
疲れきっていて@その夜は決定を下せなかったので、心を疑いと困惑でいっぱいにしたまま、私は眠ってしまった。

@「その夜は決定を下せなかったので、心を疑いと困惑でいっぱいにしたまま」:悪訳
too exhausted以下の挿入句は、因果でなく付帯状況ととるべきだろう。またdoubtとperplexityの並列が大雑把。

修正訳:「その夜は決定を下せないまま、割り切れない気持ちいっぱいで」

8.2例題(1)
I like to think of university life as a comradeship between older and younger people, all of them @being students at heart, and holding all essential values in common, but with a great diversity of interest and personal qualities which they share with each other and contribute to Athe common good.
私は大学生活を年長者と若い人々の僚友関係と考えたい。そこではすべての者が@心の底では学生であり、あらゆる本質的価値を共有してはいるが、ただ関心と個性は非常に多様で、これを彼らはたがいにわかちあい、A共通の善のために捧げるのである。

@「心の底では学生であり」:誤差
日本語として、おかしい。

修正訳:「学徒の心を持ち」

A「共通の善」:誤訳
きわめてあいまい。the common good=the public goodで、「公共の利益」「公益」。

修正訳:「公共の利益」

8.2.8
@With the recollection of little things occupying his mind he closed his eyes and leaned back in the car seat.
@小さなことの思い出で心をいっぱいにして、彼は目を閉じ車のシートにもたれていた。

@「小さなことの思い出で心をいっぱいにして」:悪訳
「ちいさな思い出」というと、何か肯定的なことを暗示させるが、このrecollectionは良いことでも悪いことでもなく中立的な「記憶」。little thingsは「ささいなこと」の意味だろう。mindは「心」と訳せるが、heartの「心臓、感情、心持ち」に対する、「頭脳、理性、精神」。

修正訳:「いろいろなことがとりとめなく頭に浮かんできて」

8.2.例題(3)
When the World War of 1914 broke out in Europe, there was in America, at first, an almost universal agreement that the struggle was no business of the United States. Behind this lay the sentiment of isolationism and a desire for peace. But as the conflict developed, with America’s rights at sea in danger and @imperialistic Germany pressing dangerously toward victory, the public, while still against taking up arms, began to divide into two camps: pro-German and pro-Ally groups.
AConcern for democratic Britain and France, however, came to prevail, and when the United States itself entered the struggle, the people were united as never before in a time of national danger.
1914年の第一次世界大戦がヨーロッパで勃発した時、最初アメリカでは、この戦争はアメリカと関係がないという点で、ほとんどすべての人の意見が一致していた。この背後には孤立主義の感情と平和に対する願望があった。ところが戦争が広がって、アメリカの海上航行権が危機に瀕し、@帝国主義ドイツの危険な勝利がせまってくると、民衆は武器をとることには依然反対していても、2つの陣営、つまりドイツ派と連合国派とに分化しはじめた。しかし、A民主国家であるイギリスとフランスに対する不安の念が上位を占めるようになり、米国自身が参戦した時には、国民は国家の危機に際してかつてなかったほどの団結を示した。

@「帝国主義ドイツの危険な勝利がせまってくると」:悪訳
「危険な勝利」では、勝利することが危険、と読めてしまう。pressing dangerouslyは「危険なほどに突進して」。勝ち方を問題にしているのだ。

修正訳:「帝国主義ドイツががむしゃらに勝利に向かって突き進むと」

A「民主国家であるイギリスとフランスに対する不安の念が上位を占めるようになり」:悪訳
このconcernは、(1)関係 (2)関心 (3)不安 (4)気遣い、のうち(4)。prevailは、(1)勝る (2)流布する、のうち(2)。

修正訳:「民主国家であるイギリスとフランスに対する気遣いが広がるようになり」

8.4例題(2)
 Affection of parents for children and of children for parents is capable of being one of the greatest sources of happiness, but in fact at the present day the relations of parents and children are, in nine cases out of ten, a source of unhappiness to both parties. @This failure of the family to provide the fundamental satisfaction which in principle it is capable of yielding is one of the most deep-seated causes of the discontent which is prevalent in our age.
親が子供に持つ愛情と子が親に持つ愛情は、幸福の最大の源泉の1つとなることができる。しかし、現代の現実では、親子の関係は十中八九まで、双方にとり不幸の原因となっている。@家族制度は原理的には根本的な満足感を与えることができるはずなのに、現実にはそれができずにいることが、現代に広がっている不満の最も奥深い原因の1つである。

@「家族制度は原理的には根本的な満足感を与えることができるはずなのに、現実にはそれができずにいることが」:悪訳
説明訳にしたつもりなのだろうが、くどくなってしまっている。

修正訳:「本来家庭生活が与えうる基本的満足を家族に与えられないでいることが」
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