第6回『英文解釈教室 第7章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社) 全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

7.1.2
Probably in a modern city the man who can distinguish between a thrush’s and a blackbird’s @song is an exception. It is not that we have not seen the birds. It is simply that we have not noticed them.

 現代の都会でツグミの@とクロウタドリのA歌が聞き分けられる人は、おそらくまれであろう。それらの鳥を見たことがないからではない。ただ、それらに気がついたことがないだけなのだ。

@A「歌」「歌が」:誤差
鳥の声を、比喩的に「歌」といっている。訳文に叙情が求められる場合なら「歌」でよいが、これは英文解釈指導本なのだ。意味を正しくとったほうが、読者の勉学も進むというもの。

修正訳:「さえずり」「さえずりを」

7.1 例題
In the violent conflicts which now trouble the earth @the active contenders believe that since the struggle is so deadly it must be that the issues which divide Athem are deep. I think they are mistaken. Because parties are bitterly opposed, it does not necessarily follow that they have radically different purposes. The intensity of their antagonism is no measure of the divergence of their views. There has been many Ba ferocious quarrel among sectarians who worship the same God.
 
 現代の世界を悩ましている激烈な闘争の中で@活発に戦っている人々は、争いがかくも激しいものである以上、A彼らを対立させている問題は深刻なものであるにちがいないと信じている。私は彼らの考えは誤りだと思う。党派が激しく対立しているからといって、必ずしも、彼らが根本的に異なる目的を持っているということにはならない。敵対心の強さを、考え方の違いをはかる尺度にはできない。同一の神を崇拝する党派の間にも、これまで多くのB凶暴な争いがあった。

@「活発に戦っている人々」:誤差
このactiveは(1)活動的な (2)活動中の (3)活動力ある、のうち(2)。
例:active member (所属しているだけでなくて)現に活動しているメンバー

修正訳:「現役の活動家」

A「彼らを」:誤差
「…人々は」が主語なのだから、人称を主語の立場にそろえたほうがよい。

修正訳:「自分たちを」

B「凶暴な戦い」:悪訳
コロケーションが悪い。凶暴な「人・犯罪」(人間または個々の人間がかかわること)とは言うが、凶暴な「戦い」(人間とのかかわりよりも、大きな出来事として捉えている)とはいわない。

修正訳:「激しい争い」

7.2 例題
It has become usual to indicate the close relation between the particular problems studied by the scientist and the social conditions and technical requirements of his age. This certainly helps to dispel the false impression that the “pure” scientist works in a vacuum, completely unrelated to the conditions of the external world. It serves to emphasize that the scientist, however @abstract his subject, Ashould be regarded as an element in the social picture of his time. It does Bnot necessarily imply, what is obviously incorrect, that all the work done by scientists has resulted, however unconsciously on their part, from some pressing social need. It is clear from the number of major discoveries that have remained without possible application for many decades that the scientist’s free sprit of inquiry frequently precedes the needs of the community in which he lives.

 科学者が研究する個々の問題と、時代の社会的状況や技術的要求の間には密接な関連があることを指摘するのが普通のこととなっている。「純粋」科学者は真空状態の中で仕事をするのであって、外部の世界の状況とはまったく関係を持たぬかのような誤った印象を一掃するのを、この傾向はたしかに助けているし、それはまた、研究課題がいかに@抽象的であっても、科学者はやはり時代の社会的状況の1要素とA見なされなくてはならぬということを強調するのに役立っている。しかし、そう言ったからとて、科学者のする仕事はすべて、科学者自身にとってはいかに無意識であっても、なにかさしせまった社会的要求から生まれたものだというような、明らかにまちがったことをB言っているわけではない。何十年間もまったく応用されぬままになっている大発見の数を考えれば、科学者の自由な探求の精神が周囲の社会の必要よりしばしば先行することは明瞭である。

@「抽象的で」:悪訳
このabstractはpracticalに対するもの。「抽象的な」→「具体的でない」→「観念的な」→「理論的な」→「純粋な」と意味が狭められる。

修正訳:「現実とかけ離れたもので」

A「見なされなくてはならぬ」:誤差
shouldを「…すべき」とみんな覚えるが、義務のshouldは実はそれほど強い意味ではない(shall> will> must> have to> need to> be to> had better> ought to> shoudがおおまかな強い順)

修正訳:「見なされるものだ」

B「言っているわけではない」:誤差
not+程度・頻度の副詞は、部分否定→必然的に…するわけではない。

修正訳:「示しているとはいえない」

7.3.5
It was not until the shadow of the forest had @crept far across the lake and Athe darkening waters were still that we rose reluctantly to put dishes in the basket and start on our homeward journey.

 森の影が湖の@上に遠くまでのび、A暗さをます水面が静かになってはじめて、私たちは気の進まぬまま立ち上がって皿をバスケットに入れ家路についた。

@「上に遠くまでのび」:誤差
acrossは貫通を示す。「遠くまで」と曖昧に言うのではなく、向こう岸までたどり着いていることを示している。crept(動詞:行為) far(副詞:おおまかな位置) across(前置詞:具体的な場所)の形[這う→遠くに→湖を越えて]

修正訳:「むこうまでのび」

A「暗さをます水面」:誤差
watersと複数(強意複数:大きさ、広さ、量を示す)が使われているので、「水面」だけをいっているのではない。

修正訳:「暗さをます水」

7.3.9
It was my teacher’s genius, her @quick sympathy, her Aloving tact which made the first years of my education so beautiful. It was because she realized the right moment to impart knowledge that made it so pleasant and acceptable to me.
 私が受けた教育の最初の数年間をすばらしいものにしてくれたのは、私の先生の非凡な才能、@その素早い共感とA愛情にあふれた技量であった。それは、先生が知識を与えるべき時を心得ていて、そのおかげで知識が私にはおもしろく受け入れやすいものとなったからであった。

@「その素早い共感」:悪訳
直訳すれば「機敏な共鳴」。自分の考えや行為にすぐさま反応し分かってくれること。

修正訳:「敏感にわかってくれること」

A「愛情にあふれた技量」:悪訳
lovingは、他動詞の現在分詞形の形容詞で「人を愛する」→「愛情あふれる」。tactは、「如才のなさ」。ここでは、相手を思いやってその場その場で臨機応変に対応すること。

修正訳:「思いやりあふれる対応」

7.3 例題(1)
It is not the rough and stormy sea that is most perilous to the ship. It is the dangerous rock-bound shore. When a ship is @safely laden and Afully manned, she is as safe on the sea as in a harbour. It is when she leaves the shore on departing and reaches it on returning, that she Bruns the risk of shipwreck.
 船に最も危険なのは荒れた、嵐の海ではない。岩に囲まれた危険な岸である。船が@危険でない程度に荷が積まれ、乗組員がA十分に配置されている場合には、船は海上でも港にいるときと同じように安全である。船がB難破の危険をおかすのは、出発に際し岸を離れるときと、帰路岸に到着するときである。

@「危険でない程度に荷が積まれ」:誤差
safely「安全に」をどう訳すかだが、「危険でない程度に」では力点がずれる。

修正訳:「適正に荷が積まれ」

A「十分に配置されて」:誤差
fully「十分に」では(1)たっぷり (2)必要なだけ、のどちらかがあいまい。ここは(2)なので、それがわかるように訳す。

修正訳:「きちんと配置されて」

B「難船の危険をおかすのは」:誤差
「危険をおかす」では、自ら進んでするようにとられかねない。

修正訳:「難船の危険にさらされるのは」

7.3  例題(2)
The Englishman learns by his mistakes, when once he is convinced of them; but it is only @the brutal evidence of hard facts which will convince him, and, until Athese hard facts hit him in the face, his doggedness will make him hold on. It has been said that the English lose all battles and win all the wars; and it is only after he has lost Ba certain number of battles that the Englishman changes his tactics.
英国人はいったん自分がまちがっていると納得するとその誤りから学ぶが、英国人を納得させられるのは@きびしい現実の過酷な証拠だけである。Aこのきびしい現実に正面衝突するまでは、英国人はかたくなな性質のためやり方を変えようとしない。英国人は戦闘にはすべてやぶれるが、戦争にはすべて勝つと言われてきた。Bいくつかの戦闘にやぶれた後はじめて英国人は戦術を変えるのである。

@「きびしい現実の過酷な証拠」:誤訳
hard factsは「厳然とした事実」。brutalは「冷厳な」。ofは同格「…という」。

修正訳:「動かぬ事実という冷厳な証拠」

A「このきびしい現実に」:誤訳
上と同じ。

修正訳:「この動かぬ事実」:誤差

B「いくつかの戦闘」:悪訳
a certainは、不特定の「いくつか」ではなく「一定量の」の意味。

修正訳:「ある程度の数の戦闘」

7.3  例題(3)
It is generally accepted that every intelligent person Ashould know something about the history of the country---and if possible of the world--- in which he lives, of the literature which he reads, of @the trade or profession which he follows, of the religion he believes in. BWhy not, therefore, of the language which he speaks? It is in the belief that there is Ca real necessity for this, and that one of the most certain ways to ensure Dan intelligent use of any language is to study it historically, that the present book has been written.
知性をそなえた人は誰でも、自分が住んでいる国の、できれば世界の歴史、自分が読む文学の歴史、@従事している商売や職業、信奉する宗教の歴史について、ある程度A知っているべきだということが一般に認められている。では、自分の話す言語について、Bなぜそうであってはならないのか。この書物が書かれたのは、C言語の歴史について知識を持つことが真に必要であり、D言語の知的な使い方ができるようになるための最も確実な方法の1つは、その言語の歴史的研究であると信ずるからである。

@「従事している商売や職業」:誤差
「商売」は「職業」の一種であり、並列できない。このtradeとprofessionは同義語反復。ご丁寧にtheで一括りにされている。二語の差を訳出しようと苦慮する必要なし。

修正訳:「従事している仕事」

A「知っているべきだ」:誤差
これは義務というより、当然を示すshould。

修正訳:「知っていて当然」

B「なぜそうであってはならないのか」:悪訳
Why should he not know something about the history of the language which he speaks? の省略形。なぜ知性を備えた人はだれでも、自分が話す言語の歴史についてある程度知っていて当然ということにはならないのか。「…であってはならない」だと「…してはいけない」の意味になってしまう。

修正訳:「なぜそうならないのか」

C「言語の歴史について知識を持つことが真に必要」:誤差
thisは前文の反語の内容を指す。つまり、Every intelligent person should know something about the history of the language which he speaks.「自国の」を入れないとまずいだろう。

修正訳:「自国の言語の歴史を知ることが真に必要」

D「言語の知的な使い方」:誤差
わかりにくいので、くだいて訳す。

修正訳:「言語をきちんと使いこなすこと」
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