第5回 『英文解釈教室 第6章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社) 全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

6.1.2
Few insects Aenjoy more fame than the glowworm, the curious @little animal who celebrates the joy of life by lighting a lantern at its tail end.
 ホタルという、尾の先に提灯を灯して生の喜びを祝う珍しい@小動物ほど、Aよく知られている昆虫は少ない。

@「小動物」:悪訳
ここはplant(植物)に対するanimal(生物)として使われている。「動物」では、イヌ、サル、ゾウといったものが連想されてしまう。littleは広い意味をもつが、ここでは美称(ちっちゃな、かわいいい、ステキな)として使われているようなので、訳は省いてよいだろう。

修正訳:「生き物」

A「よく知られている」:誤差
これも意訳なのだが、なぜここだけ意訳したのか、なぜこの意訳になるのかがわからない。enjoyは、よいものを持っている→…に恵まれている(稀に悪いものを持つのに使われることもあるが。例:enjoy poor health体が弱い)。fameは、人々によく知られ話題に上ること。それでenjoy fameは、直訳すれば「名声を享受する」、意訳するなら「愛されている」「親しまれている」ぐらいだろう。

修正訳:「親しまれている」

6.1.3
You may have heard of that lovely land called Italy, the land of golden sunshine and @warm, soft air.
 イタリアと呼ばれる、黄金色の日光と@暖かくやわらかい大気を持つ美しい国のことを聞かれたことがあるかもしれません。

@「暖かくやわらかい大気を持つ」:誤差
日本語として稚拙。warmは、日本語の「暖かい」とズレがあって訳すのがむずかしい。暑さの順でいえば、hot >warm> cold。温度でいえば、warmは16〜27度ぐらい。感じ方でいえば、warmは暖かい、場合により暑い(comfortably warm:心地よい暖かさ oppressively warm:暑苦しさ)。蒸し暑いは、siggyとかmuggy。
softは、気候に用いた場合、穏やかで心地よいこと。「暖かく」はこれでよいとして、「やわらかい」は大まか過ぎる。airは、「大気」「空気」ともとれるが、ここは「ゆるやかな空気の流れ」のことと私は感じる。フォスター作曲『金髪のジェニー』の歌詞を思い出す---「夢のジェニー、髪は黄金、真夏の陽炎にゆらめく。」真夏の陽炎に、はFloating like a vapor, on the soft summer air.の訳であったのだ。けだし名訳。といっても、英文読解指南書の訳には反映しにくい…。残念だが、たいした直しにはならない。

修正訳:「暖かく心地よい空気につつまれる」

6.1.5 “I am a citizen, not of Athens or Greece, but of the world.” These are the words of Socrates, the ancient Greek philosopher, and perhaps @the wisest man who ever lived.
 「私はアテネやギリシアの市民でなく、世界の市民である」これは古代ギリシアの哲学者であり、おそらく@かつてないほどの賢者であったソクラテスの言葉である。

@「かつてないほどの賢者であった」:悪訳
日本語が不自然。直訳は「今までに生きていた一番賢い人物」。ever=at any time。
「…であった」とすると、今は違うのかと思われかねない。この過去形は、今を否定するのでなく過去に焦点をあてる使い方。

修正訳:「これまで一番の賢者である」

6.1.8
@Good health and physique, cheerfulness and a desire to help others, all play a big part in making happiness and prosperity.
 @健康と立派な体格、快活さと他人を助けようとする願望、これらすべてが、幸福と繁栄を作り上げる上で大きな役割を果たす。

@「健康と立派な体格」:悪訳
直訳すれば「よい健康状態とよい体つき」→「健康と丈夫な体」。確かにphysiqueは「体格」の意味で使われるが、立派な体格ならstrong physiqueとかfine physiqueというだろう。healthとphysiqueが対比され、同じgood(よい→元気な、健康な、丈夫な)で修飾されているのだから、それが反映されるような意味で使っているはずだ(多義の形容詞が二つの名詞を修飾する場合、同じ意味を持つのが原則)。また文脈からしても「立派な体格」が「幸福と繁栄」の主要理由になるというのはおかしい。

修正訳:「健康でいて体が丈夫であること」

6.2.1
The especially human activities which distinguish man from other animals all Adepend upon the lessening of his bondage @to physical nature.
 人間を他の動物と区別する特に人間的な活動はすべて、@物理的自然に対する人間の隷属をA減少させることとかかわりがある

@「物理的自然に対する」:誤差
意味があいまい。「物理的」の意味を検討する。(1)体にかかわる (2)現実に存在するものにかかわる (3)自然の法則にかかわる (4)科学的研究にかかわる、のうち(2)→目に見える、感じられる、提示される。意訳になるが「自然の猛威」ではどうだろう。

修正訳:「自然の猛威に対する」

A「減少させることとかかわりがある」:悪訳
「かかわりがある」でなく、「…如何にかかっている」。そのままでは主語との結びつきが悪いので、つなぎの言葉を工夫する必要がある。

修正訳:「(人間的な活動の可否は…)減らせるかどうかによって決まる」

6.3例題
Man is one of the most adaptable of all living things, an honour which he perhaps @shares with his constant companions, the dog and the housefly. Man can maintain himself as a population high in the mountains, or in arctic wastes, or in tropical jungles, or in desert desolation. AIndividually he has penetrated the depths of the ocean and Bthe outer reaches of the atmosphere. Man is marvellously adaptable---Cexcept to man.
 人間はあらゆる生物の中で最も適応性に富んだものの1つであって、その名誉を人間といつもいっしょにいる犬や家バエとおそらく@ともにしているのである。人間は高山でも、北極の荒地でも、熱帯のジャングルでも、荒涼たる砂漠でも、そこに住みついて生活してゆくことができるし、A個人としてなら大洋の深海やB大気圏の上層部にまで達している。人間は驚くほど適応性を持っているが、Cただ人間に対するときだけは別である

@「ともにしている」:誤差
日本語が稚拙。

修正訳:「分かち合っている」

A「個人としてなら」:誤差
特定の個人が連想されはしまいか。

修正訳:「中には(大洋の深海や大気圏の上層部にまで達している)者もいる」

B「大気圏の上層部」:誤差
outerは「…の端」(伊藤の本文にも述べられているように「…の外」ではない)だから、上層部より訳をもっと狭めたほうがよい。

修正訳:「大気圏のはずれ」

C「人間に対するときだけは別である」:誤差
この文のオチが利くように訳して欲しい。

修正訳:「人間に対してだけは別なのである」
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