第3回 『英文解釈教室 第4章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎


4.1.4 What do you think I mean to do when I grow up?

 Do you know what it is?では主節が疑問文である。この種の文では主節の動詞がthink, imagine, supposeなどの軽い動詞だと、疑問詞が先頭に出て、上の例文のような構成になる。

①説明が正しくない:誤釈
「軽い動詞だから」ではなく、「yes, noで答えられないから」。
→×Do you think what I mean to do when I grow up?とはいえない。
cf. ○Do you know what I mean to do when I grow up?(yes、noで答えられる)

 よく理解できない人がいるかもしれないので、説明する。
 4.1.4のWhatは疑問詞(何を)。×印の文を疑問詞として訳してみると「何をするつもりか思いますか」となっておかしいのが分かるだろう。
 もう一つの説明としては、英語の情報構造は主題→焦点の順になる、ということ。4.1.4
ではWhat(何)が主題、do you thinkは挿入節、I meanが焦点[問い:私が何するつもりと思うか?→答え:…だと思う]。○印の文ではDo you know(知っているか)が主題、what I mean以下が焦点[問い:知っているか?→答え:yes, no 〜]

4.1.5 We must make a distinction between what we read for our information and what we read for our formation.

make a distinction= distinguish→10-3例⑤。2つのwhat節はいずれも前置詞betweenの目的語。なお、①この文のwhatは関係詞(読むもの)と考えても、疑問詞(何を読むか)と考えても結局は同じことになる

①説明が大まか:誤差
細かくいえば、the thing whichと置き換えられるなら関係詞、そうでなければ疑問詞。
例:We must ask what we read.(○何を読むかを尋ねねばならない:疑問詞。×読むものを尋ねねばならない:関係詞)

4.1 例題(1)
The Greek civilization was the first, so far as we know, which was not ruled by gods and priests. In all previous civilizations, men asked what the gods wished them to do or say, before they did it; and the priests were there to tell them.
But in Greece, for the first time, men began to do what it seemed right or sensible to themselves to do, and to discuss among themselves why some things seemed right and others wrong, how the world had come to be what it was, and how it could be altered.

 我々の知るかぎりでは、ギリシア文明は、神々や僧侶に支配されることのない最初の文明であった。それ以前のすべての文明では、人間は何をし何を言うことが神意にかなうかをたずねてから、はじめてそれを言行に移したのであり、またその問いに答えるために僧侶がいたのである。しかし、ギリシアにおいてはじめて人間は自分で考えて①正しいか賢いと思えることをやりはじめ、また、なぜ物事の中に正しいこととまちがったことがあるように見えるのか、世界はどのようにして現在の姿になったのか、世界を変えるにはどうすればよいかを、自分たちの間で論じはじめたのであった。

①「正しいか賢いと思えること」:誤差
これも広くは同義語反復。
sensibleは、「理性や経験に基づき然るべき判断ができること」。「賢い」では、個人の性質に読めてしまう。また「正しいか賢い」ではどちらかを選択することになってしまう。このorは譲歩を示す(…でも〜)。

修正訳:「正しいとか理にかなっていると思えること」

4.2.2
Once we begin to imagine what the world ought to be, we are apt to be blind to what it is.

 ひとたび世界のあるべき[理想の世界]を①想像しはじめると、現実の世界②に対して盲目になりがちである

①「想像しはじめると」:誤差
imagineは「心に思い浮かべること」。「想像」は同じ意味だが、かなり重い感じ。

修正訳:
「考えはじめると」

②「に対し盲目になりがちである」:誤差
日本語の「盲目になる」は「(夢中で)ことの是非がわからなくなる」ことだが、(1)判断がつかない (2)信じきってしまう、の二義ある。ここもどちらかよく読まねば分からなくなっている。(1)であるのをはっきり訳に出すべき。

修正訳:
「がよくわからなくなりがちである」

4.2 例題(2)
In matters of science, we must learn to ask the right questions. It seemed an obvious question to ask how animals inherit the result of their parents' experience, and enormous amounts of time and energy have been spend on trying to give answer to it. It is, however, no good asking the question, for the simple reason that no such inheritance of acquired characters exists.
When we come to what are usually referred to as fundamental truths, the difficulty of not asking the wrong kind of question is much increased. Indeed, the life of the less civilized half of mankind is largely based on trying to find an answer to a wrong question, "What magical forces or powers are responsible for good or bad fortune?"

科学上の問題については、①正しい問い方をすることができるようにならなくてはならない 。獲得形質の遺伝は動物の場合どのようにして行われるかを問うことは、かつては②当然のことと考えられ、莫大な時間と労力がその問題を解こうとすることに向けられてきた。しかし、そのような問いをすることは無益である 。理由は簡単で、③獲得形質のこの種の遺伝そのものがもともと存在しないからである。
 通常、④基本的真理と呼ばれているようなことが問題になる場合は、⑤解答不能の質問をしないことはずっと難しくなる 。⑥事実、人類のうち文明の進んでいないほうの半数の生活は、大部分が、「どのような魔力が原因で幸運不運は生ずるか」という⑦誤った問いに答えようとすることに基づいているのである。

①「正しい問い方をする」:誤差
このrightは「適切な」「それにふさわしい」の意味。「正しい」でも間違いではないが、意味があいまい。

修正訳:
「適切な質問をする」

②「当然のこと」:誤差
何で当然なのかと思ってしまう。このobviousは「たいていの人がそう思って、それに同意している(こと)」→「お互いにそうして(問うて)当然と了解されている」。意味を狭めたほうがよい。

修正訳:
「あって然るべき質問」

③「獲得形質のこの種の遺伝」:悪訳
「獲得形質」のなかの「この種の遺伝」と読まれかねない(獲得形質の他の種の遺伝はあるのか?)。suchは、「そのような」と訳されることが多く、like(類似)と混同されがちだが、「そ」で示される対象そのもの(同一)を指すことに注意。ここのsuchは 「親から子へ体験が引き継がれる(獲得形質)こと」。「上記で述べた(ごとき)獲得形質遺伝は、存在しない」とすんなり読めるようにしなければならない。

修正訳:
「こうした獲得形質の遺伝」

④「基本的真理」:誤差
truthは、(1)狭くは「真理」 (2)広くは「事実」、だが、日本語訳で「真理」とすると大げさになる場合が多い。ここもそう。
matter of scienceとwhat are usually referred to as fundamental truthsが対照されている。「科学(上)の問題(事柄)」←→「基本的事実といわれている問題(事柄)」( = 平たくいえば「(社会)通念」で、そのほうが対照の理解も進むと思うが、この語を採るとバランス上、全体の訳文を柔らかくする必要がでてくるので断念)。

修正訳:
「基本的事実」

⑤「解答不能の質問をしないこと」:誤差
ここは?のrightの反対語で、「不適切な」の意味。
力点がずれている。質問の前提となっている事実自体が間違っていたら質問自体が成り立たない、といいたいのだ。

修正訳:
「おかしな質問をしないこと」

⑥「事実」:誤差
indeedは、(1)肯定の前文を受け、さらに強調し「実に」 (2)肯定の前文を否定し「実は」
(3)否定の前文を受け、さらに強調し「それどころか」 (4)肯定の前文を受け、幅を狭め「もっというと」、の四つの意味に大まかに分けられるが、ここは(4)。

修正訳:
「現に」

⑦「誤った問い」:誤差
「誤った問い」では不鮮明。魔力の効用といった具体的なものに対し言っているので、ここは訳も踏み込んだほうがよい。

修正訳:
「答えようのない質問」

 この文章の後半の論理が、伊藤訳では(修正したものでも)読み取りにくいので、私のかみくだいた理解を次に掲げる:
本当は正しくないのに自明のこととして通っている事柄は世に多く、そういったことに関しては、適切な問いを発すること自体がむずかしい。卑近な例を挙げれば、「どんな魔術を使えば幸せになれるか」といった問いは、そもそも認識自体が間違っているのだから本来問いの発しようがないはずなのだが、「魔術で幸せになれる」という認識が共通にある未開社会では大真面目に議論されているのだ。

4.3.9
Whatever may be said in dispraise of the telephone, there are few of us who would willingly be without it.

 電話を非難してどんなことが言われようと、喜んで電話なしですまそうという人は少ない。

①「喜んで電話なしですまそうという人」:誤差
willinglyは、本心から喜んでいるのでない。とくに反対するいわれもないから、といった消極的同意を示す。

修正訳:
「電話なしでも構わないという人」
ページトップへ