第二回 『英文解釈教室』その2

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をとりあげる。
 全15章のうち、第1章については以前、翻訳家山岡洋一のメールマガジン『翻訳通信』に書いたので、本連載では、第2章から第15章までを、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの


第3章
3.1 例題
There can be no denying that examples of an architecture entirely different from what our fathers were accustomed to have appeared on the scene during the last twenty years. The designers of modern architecture believe that in developing and perfecting it so as to answer this century’s problems and to be in turn with its outlook, they are helping at the revial of architecture as a live art. For it is a mistake to suppose that, because modern architects are particularly concerned to relate buildings more closely to the needs they have to serve, they are only interested in the practical side of architecture. They know that they are practicing an art and therefore are concerned with the pursuit of beauty.
我々の祖先が見なれていたものとはまったく違った建築様式の例が20年前から@実際に現れてきていることは、否定しえぬ事実である。現代建築の設計者は、建築を進歩A完成させて今世紀の諸問題を解決し、Bその外観にふさわしいものたらしめようとすることで、建築を生きた芸術として復活させるCことを助けていると確信している。現代の建築家が、建築物をそれが満たさねばならないD必要により密接に関連させることに特にE関心があるからといって、彼らが建築の実用面のみを考えていると思うのは誤りである。F自分の営みが芸術であることを建築家は知っており、それゆえに彼らは美の追求にも関心がある

原文がかなりの悪文なので、修正することにあまり意味が無いようにも思えるが、悪い原文でも読める文にするのが翻訳だと思ってやってみる。

@「実際に」誤差:
on the scene(当該場面に、現場に)appeared(現れた)ととり、on the sceneを強調的に「実際に」と意訳したものと思われるが、appear on the sceneはイディオムで「姿を現す」。「実際に」は不要だろう。

A「完成」誤差:
「進歩完成」では意味がつかめない。動詞のperfectは、to make sth perfect or as good as you can(完璧にする、とか、できるだけよくする)だが、英語は似たような意味の言葉を重ねてリズムを出すことがよくある(日本語の熟語もそう「満足」「陰々滅滅」など)。ここも同義語反復ととれるところであり、「進歩」と釣り合う言葉にしなければならない。「(進歩)発展」「(進歩)改良」など。

B「その外観」誤訳:
outlookには「外観」の意味はない*。(1)(人生に対する)態度 (2)見通し (3)展望、のうちここは(2)。itsはmodern architectureでなくthis centuryととるのが、論理的→「今世紀のあるべき姿」。
*7種の英和辞書中、リーダースにのみ「外観」の訳語があるが、「建物の外観」ではなく「見通し」の意味で充てているのだろう。

C「ことを助けている」誤差:
helpは自動詞で「役に立つ」「手伝う」(「助ける」は他動詞) 例:He never helps at home.(彼は家で役に立たない)

D「必要により密接に関連させる」悪訳:
意味不明。直訳「(建築家は建物を、)それが満たさなければならない要求に、より密接に関係づけ(ようとしている)」→意訳「(建物を)その本来の目的と合致させる」

E「関心がある」誤差:
be concerned toで(1)「関心をもつ」(2)「しようと思う・努める」、のうち、(2)ととったほうが、「…からといって」(because)との対比が出て、よいのではないか。
F「自分の営みが芸術であることを建築家は知っており、それゆえ彼らは美の追求にも関
心がある」誤差:
know that とtherefore areをandが並列していると、とっている。形からはこうも取れるが、are practicingとtherefore areをandが並列している、ともとれる。前の「実用面のみを考えているのではない」と合わさり、「芸術を実践し、美の追求にかかわっている」建築家の自負の強調と、後者で解釈したほうがよいだろう。

修正訳:
我々の祖先が見なれていたものとはまったく違った建築様式の例が20年前から@現れてきていることは、否定しえぬ事実である。現代建築の設計者は、建築を進歩A発展させて今世紀の諸問題を解決し、B時代のあるべき姿にふさわしいものたらしめようとすることで、建築を生きた芸術として復活させるC役に立っていると確信している。現代の建築家が、建築物をそれが満たさなければならないD必要をより満たすことに特にE努めているからといって、彼らが建築の実用面のみを考えていると思うのは誤りである。F自分の営みが芸術であり、それゆえ彼らは美の追求にかかわっていることを建築家は知っているのだ

3.2.4
The middle-class American isn’t, in his heart, sure that even the rebels are altogether wrong. Some, in fact, agreed that young people were not unduly critical of their country, and their criticism was actually needed.
中流階級のアメリカ人は、社会に反抗する若者はまったくまちがっていると@心に信じているわけではない。それどころか、若い人々が不当に自分の国を非難しているのでないこと、彼らの批判が実際に必要であることに、A同意した人たちもいた

@「心に信じているわけではない」悪訳:
日本語がおかしい。「心の底ではそう思っていない」「心底そう思っているわけではない」ということ。
A「同意した人たちもいた」誤差:
agreeは契約を含意するので、過去形であっても、その結果は継続すると読むのが普通。日本語で「同意した」とすると、今はどうなっているかがわからないので、現在まで続いているのが分るような訳語のするのがよいだろう。

修正訳:
中流階級のアメリカ人は、社会に反抗する若者はまったくまちがっていると@心のなかでは信じていない。それどころか、若い人々が不当に自分の国を非難しているのではないこと、彼らの批判が実際に必要であることに、A同意している人たちもいる。

3.3.3
During the Middle Ages, astronomers had clung to the theory of a Greek philosopher of the second century A.D., named Ptolemy, that the Earth is the fixed center of the universe.
地球は宇宙の固定した中心であるという、紀元2世紀のギリシアの哲学者(名は@トレミー)のA説を、中世の天文学者は固く守っていた

@「トレミー」悪訳:
地名、人名は現地語読みが原則。「プトレマイオス」。
A「説を、中世の天文学者は固く守っていた」誤差:
もう少し自然な日本語にできるだろう。

修正訳:
地球は宇宙の固定した中心であるという、紀元2世紀のギリシアの哲学者(名は@プトレマイオス)のA説に、中世の天文学者はしがみついていた

3.3 例題(2)
Our notion of time as a collection of minutes, each of which must be filled with some business or amusement, is wholly alien to the Greeks. For the man who lives in a pre-industrial world, time moves at a slow and easy pace; he does not care about each minute, for the good reason that he has not been made conscious of the existence of minutes.
時間とは1分1分の集合体であって、そのひとつひとつを仕事や遊びで埋めなければならないという現代の考え方は、ギリシア人にはまったく無縁のものである。工業化以前の世界に生きている人には、時間は@ゆっくり気楽に経過していて、1分1分に気を使うことなどはない。というのは、そもそも分などという単位が存在することを意識するようになっていないからである。

@「ゆっくり気楽に」悪訳:
時間を擬人化しているわけであるまい。ここも同義語反復。一語で済ませてもよいところ。

修正訳:
時間とは1分1分の集合体であって、そのひとつひとつを仕事や遊びで埋めなければならないという現代の考え方は、ギリシア人にはまったく無縁のものである。工業化以前の世界に生きている人には、時間は@ゆるやかに経過していて、1分1分に気を使うことなどはない。というのは、そもそも分などという単位が存在することを意識するようになっていないからである。

3.4 例題(2)
It is now almost a century since a literate woman was sufficiently a curiosity to have the fact of her sex noted every time her literary activities were mentioned, and so authoress is going out of use. No one could have foreseen, fifty years ago, that woman were soon to do somuch that men had thought they alone could do that to attempt to call attention to it would burden the language.
学問のある女性が非常に珍しい存在だったので、その文学活動が話題になるたびに女性であるという事実が注目を浴びた時代からもうおよそ100年もたっており、したがって「女流作家」という語は使われなくなろうとしている。@男にしかできないと男が考えていたことのうち多くを女性がAまもなくするようになるため、その事実に注意をひこうとすれば言語に無用の負担をおわせることになるとは、50年前には誰も予想できなかっただろう。

@「ことのうち多くを」誤訳:
直訳は「男だけができるものと男が(自分勝手に)思っていた多くのことを」。much(名詞:たくさんのもの)の或る部分でなく、much全体を言っている。
「男にはたくさんのことができる」→(1)「そのたくさんのうち多くは女もできる」(2)「そのたくさんそのものを女ができる」、のうち(2)。
A「まもなくするようになるため、その事実に注意をひこうとすれば言語に無用の負担をおわせることになる」誤差:
「その事実」が指すものがわかりにくい。itは、文中で問題にしていること、を指す。ここでは「女であること」。
50年前の予想として述べているが、現在の事実として述べたほうが説得性がつよいだろう。また、fifty years agoは強調的に訳したほうが説得性が増すと思う。

修正訳:
学問のある女性が非常に珍しい存在だったので、その文学活動が話題になるたびに女性であるという事実が注目を浴びた時代からもうおよそ100年もたっており、したがって「女流作家」という語は使われなくなろうとしている。男にしかできないと男が考えていた@多くのことを女性がAするようになって、女を強調するのは言葉に無用の負担をおわせることになるだけだとは、50年前でも誰も予想できなかっただろう。
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