[月例翻訳批評 2月号]

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

14.1.3
The New World has a large and rapidly increasing population of its own and, after more than a century of abuse, @not a little of its soil has lost or is in process of losing its fertility.
 新世界ではそれ自体の膨大な人口が急激に増加しているし、1世紀以上にもわたる酷使のあとでは、@少なからぬ土壌も生産性を失ってしまったか、あるいは失いつつある。

@「少なからぬ土壌も生産性を失ってしまったか、あるいは失いつつある。」:悪訳
not a littleが形容詞であれば「少なからぬ」でよいが(例:He has earned not a little money.彼は少なからぬ《かなりの》金を儲けた)、このlittleは「少量」という名詞(例:Will you give me a little of that wine?そのワインを少し《ワインの少量を》くれませんか)。伊藤訳では「土壌のかなりの部分」○なのか「多くある土壌」×なのかがあいまい。
fertilityは「肥沃さ」で、「生産性」とわざわざ意訳する意味はない。

修正訳:「かなりの土壌がその肥沃さを失ってしまったか、あるいは失いつつある。」

14.1.4
It is hard enough to know whether one is happy or unhappy, and still harder to compare the relative happiness or unhappiness of different @times of one’s life.
自分がいま幸福なのか不幸なのか知るだけでも容易なことではないのに、一生の中の異なった@時代の相対的な幸・不幸を比較することは、それよりはるかにむずかしいことである。
@「時代」:誤差
個人の一生のそれぞれの期間をいうのに「時代」は大げさ

修正訳:「時期」

14.1.9
Queen Elizabeth introduced several reforms that were helpful to the nation, and guided her people step by step to prosperity and power.
 エリザベス女王は、国民のためになるいくつかの改革を導入し、@国民を一歩一歩繁栄と強国へと導いた
@「国民を一歩一歩繁栄と強国へと導いた」:悪訳
「繁栄」と「強国」は並列しない。p、pと同じ音をそろえてあるところからも、二つのことばがすんなり並ぶ訳語にすべき。

修正訳:「国民を一歩一歩繁栄と富強へと導いた」

14.1.10
You can hardly imagine a blind deaf girl holding a lively conversation, reading books, @writing letters, and above all, @enjoying life. But such is Helen Keller.
 盲目で耳の聞こえぬ少女が活発な会話をし、本を読み、手紙を@書いているところ、特に@人生を楽しんでいるところは、ほとんど想像できません。しかし、ヘレン・ケラーとはこういう人なのです。
@「書いているところ」「人生を楽しんでいるところは」:誤差
「ところ」「ところは」の流れがちょっと気になる。

修正訳:「書いているのを」「人生を楽しんでいるのは」

14.1.11
Through the tree @they look out across the fields and see farmers at work about the barns or people driving up and down on the roads.
 木の間越しに、@彼らは畑を越えて遠くを眺め、農民が納屋のあたりで働いているのや、人々が道にあちこち車を走らせているのを見る
@「彼らは畑を越えて遠くを眺め、農民が納屋のあたりで働いているのや、人々が道にあちこち車を走らせているのを見る」:悪訳
「眺め」と「見る」では、ともに主体的意志が働き、「眺め」たあと「見た」かのようだ。
lookは、主体的に見ること、seeは、無意志で目に入る、こと。この区別をはっきりだしたほうがよい。

修正訳:「彼らが畑の向こうを眺めると、農民が納屋のあたりで働いているのや、人々が道のあちこちで車を走らせているのが目に入る」

14.1例題(2)
In the late summer of that year we lived in a house in a village that looked across the river and the plain to the mountains. In @the bed of the river there were pebbles and boulders, dry and white in the sun, and the water was Bclear and swiftly moving and blue in Athe channels. Troops went by the house and down Cthe road and the dust they raised powdered the leaves of the trees. The trunks of the trees too were dusty and the leaves fell early that year and we saw the troops marching along Cthe road and the dust rising and leaves, stirred by Dthe breeze, falling and the soldiers marching and afterward the road Ebare and white except for the leaves.
 その年の夏も終るころ、私たちはある村の、川と平野のかなたに山が見える家に住んでいた。@川床には小石や丸石が陽の光に白く乾いていて、A水路を流れる水はB澄んで速く青かった。軍隊が家のそばを過ぎてC街道を通り、木の葉はそのあげるほこりにまみれていた。木々の幹にもほこりがついていた。その年は木の葉が早く落ちた。私たちの目には軍隊がC街道を行軍し、土煙があがり、D微風にゆすられて木の葉が落ち、兵士が進み、彼らが通過したあとは道はE人気がなく白々として木の葉だけが残るのが見えた。

@「川床」:悪訳
「川床」というと、水が流れている底の地盤を連想してしまう。bedの語義は広いが、ここは前後から「河原」ととるのが順当。

修正訳:「河原」

A「水路を流れる水」:悪訳
「水路」では人工的な感じがする。ここは、幾筋にもなった水の流れのこと。

修正訳:「水流」

B「澄んで速く青かった」:悪訳
原文は1 and 2 and 3の並列になっているが、日本語では様態+動き+様態を並列させるのは不自然。様態と動きをそれぞれ一つにまとめる。

修正訳:「青く澄み、速く流れていた」

C「街道」:誤訳
これでは「家のそば」と「街道」は別のもののように読めてしまう。go by the house(家の傍らを行く)と、 go down the road(道を進み遠ざかる)の並列と、以下の描写でthe roadを、主人公が間近に見ていることから、the roadは「家の前の道」ととれる。

修正訳:「道」

D「微風」:誤差
「そよかぜ」をイメージするが、breezeはもっと強い「軽風」。桜の花びらなどではなく梢を揺らし葉を落とすのだから(日本語の「そよ風」に当るのはgentle breezeぐらいか)。

修正訳:「風」

E「人気がなく」:誤訳
兵士が去れば「人気がない」のは当たり前。そんな陳腐な描写をヘミングウェイともあろう者がするだろうか。このbareは、「むきだしであること」「何もないこと」例:The walls were bare except for a clock.(壁には時計が掛かっているだけだった)

修正訳:「何もなく」

14.2.3
Somehow or other, life---in a play---seems even @finer with an unhappy than with a happy ending.
  どうしてかは分からないが、劇中の人生は、幸福な結末に終わる場合よりも、不幸な結末に終わるほうがさらに@美しく見えるのである。

@「美しく」:誤差
「美しく」では漠然としすぎ。このfineは、魅力的、とか、結構な、ととるべきだろう。

修正訳:「麗しく」

14.2.7
No man wholly escapes from the kind, or wholly surpasses the degree, of @culture which he acquired from his early environment.
 どんな人も、幼いころの環境から得た種類の@教養を完全に脱却したり、またその程度を完全に超えたりすることはできない。

@「教養」:誤差
cultureは、個人には「教養」、集団には「文化」の訳語を充てるとよい。

修正訳:「文化」

14.2.8
The discoveries and inventions that mark man’s progress in civilization are the result of his @unquenchable thirst for knowledge.
 人間の文明の進歩を画する発見や発明は、知識に対する@消しがたい渇望の所産である。

@「消しがたい」:誤差
コロケーションが悪い。

修正訳:「抑えられない」

14.2.10
A great many of @the minerals are useful to and essential for proper health.
 非常に多くの@鉱物は、健康に役立つだけでなく、絶対必要である。

@「鉱物」:悪訳
健康のことを言っている以上、organic matterに対するmineralだろう。

修正訳:「無機物」

14.2.11
Some people tell fine stories of the use of atomic energy in industry, and @the economies which will result.
 原子力を産業に応用することや、その結果として生ずる@経済機構について、結構な話をする人もある。

@「経済機構」:誤訳
「原子力の利用」の結果生ずる「経済機構」では、話がつながらない。このeconomiesは「節約」「倹約」の意。

修正訳:「経済効果」

14.2例題(1)
Most of those who are in the habit of reading books in a foreign language will have experienced a much greater average difficulty in books written by male than by female authors, because they contain many more @rare words, dialect words, technical terms, etc.
 外国語で書かれた本を読む習慣のある人なら大部分がすでに経験していることであろうが、女性の筆者が書いた本よりも男性の筆者が書いたもののほうが普通はるかにむずかしい。男性の筆者の本のほうがはるかに多くの@珍しい単語や、方言、専門用語などを含んでいるからである。

@「珍しい単語や、方言、専門用語」:誤差
並列がでこぼこしている。同じレベルでそろえたほうがよい。

修正訳:「稀語、業界用語、技術用語」

14.3.4
If a visitor is told that a lady is not ‘at home’, @it may mean that she is feeling unwell@, or for some other reason not receiving guests.
 ある婦人を訪ねて、「お目にかかれません(=not at home)」と言われるときは、その婦人がぐあいが悪いか、何かほかの理由で客には会わないという@意味のこともある

@「か、…意味のこともある」:誤差
「意味のこともある」がどこに掛かるかあいまい。このorは選択でなく譲歩(…とか)

修正訳:「悪かったり、…意味であったりもする」

14.3.6
The parlor @faced southeast, the sun went off it early, which made it beautifully cool in summer but in the afternoons at other times of the year a little sad.
 居間は@南東に面していたので、陽は早くかげった。そのために夏は涼しくて気持ちがよかったが、他の季節には午後になると、少し陰気くさかった。

@「南東に面していたので」:誤差
気象に関しては「南東」(例:稚内、南東の風、風力3…)だが、普通には「東南」(例:東南の角部屋が希望)という。

修正訳:「東南向きで」

14.3.8
@In the whole nature the cat is the only animal which has solved the problem of living in close contact with human beings and at the same time of maintaining its freedom and conserving its own personality.
@自然全体の中で、猫は、人間と密接な関係をもって生活していながら、それと同時に、自由を失わず独特の個性を保ち続けるという問題を解決した唯一の動物である。

@「自然全体の中で」:誤差
「nature」と「自然」は、日英語でかなりの誤差があるので訳がむずかしい(柳父章『自然とネーチャー』が参考になる)。この訳では「大自然の中においては」ととれてしまうが、原文のnatureは「人の手が加わっていない動植物・森羅万象」のこと。wholeはnatureを「まるごと」と強調する働きで、「全体」としては語感が強すぎる。弱めた訳語をつける。

修正訳:「自然界で」

14.3例題(1)
Government can never in our large states be by the people in any true sense of the word; it may be ---and since we are democrats, should be---by their true representatives, those who represent their real interest, @the general interest of the community.
 現代の大国家においては、政治は決して真の意味での国民によって行われることはできない。しかし、政治が国民の真の代表者、つまり国民の真の利益、すなわち社会の@一般的利益を代表する人々によって行われることは可能だし、また我々が民主主義者である以上、当然そうでなければならない。

@「一般的利益」:誤訳
「国民の真の利益」イコールとなるのだから、「一般的」というあいまいなものでなく「全体的」ととるべき。

修正訳:「全体的利益」

14.4.8
If the people are influenced chiefly by @public considerations, order is assured; if by private, disorder is inevitable.
 人々が主として@公的な考慮に動かされれば秩序は保証されているが、私的な考慮に動かされるときは無秩序が避けがたい。

@「公的な考慮」:悪訳
「公的」はきわめてあいまい。翻訳する以上、原文を読むネイティヴ読者と同じ理解を日本語訳の読者に与えねばならない。

修正訳:「公に基づく考え」

14.4例題
Different philosophers have formed different conceptions of the Good. Some hold that it consists in the knowledge and love of God; others in universal love; others in the enjoyment of beauty; and yet others in pleasure. The Good once defined, @the rest of ethics follows; we ought to act in the way we believe most likely to create as much good as possible, and as little as possible of evil. The framing of moral rules, so long as the ultimate Good is supposed known, is matter for science.
 さまざまな哲学者が、「善」についてさまざまな考え方をしてきている。「善」とは神を知り愛することだと考える人もあるし、「善」とは万人を愛することだと考える人もある。美の享受が「善」だとする人もあるし、またさらに、快楽を「善」とする人もある。ひとたび「善」が定義されれば、@倫理学の他の部分はおのずから帰結する。つまり我々は、「善」を生み出すことが最も多く、悪を生み出すことが最も少ないと信じられるようなやり方で行動すべきだということになる。究極的な「善」の何たるかが分かっていると考えられるかぎり、道徳律の形成は、科学的に解決できる問題なのである。

@「倫理学の他の部分はおのずから帰結する」:悪訳
語義の選択が甘い。これでは、哲学者と善と倫理学の関係が唐突で全くわからない。このethicは(1)倫理 (2)道徳 (3)価値体系、のうち(3)。

修正訳:「価値のほかの部分は自ずときまってくる」
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