[月例翻訳批評 1月号]

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

13.1.4
@The world-wide progress of countries toward independence is nowhere more evident than in Africa today.
 @全世界にわたって国々が独立へ向かって前進していることが、現代のアフリカほど明瞭な所はない。

@「全世界にわたって国々が独立に向かって前進していること」:悪訳
「全世界にわたって」では、「アフリカの独立地域が、世界中に広がっている」みたいだ。
world-wideは「世界中に及んでいる」。progressは「前へゆく動き」のことだが、この場合、「前進」より「成り行き」「進展」とするほうが収まりがよいだろう。また、ここのcountryは「自然・文化・民族などの意味で一帯の地域」を言っているのに対して、日本語の「国」は「独立している」を含意するから、訳語に工夫が必要。

修正訳:「世界中に及んでいる独立への諸国・諸地域の進展」→「諸地域で独立を目指している世界的な傾向」→「全世界に及んでいる独立を目指す動き」

13.1.7
@We indeed hear it not seldom said that ignorance is the mother of admiration. A falser word was never spoken, and hardly a more mischievous one.
賞賛は無知から生まれるという言葉を@耳にすることが事実まれではないが、これほどまちがったことが言われたことはないし、またこれほど有害なことが言われたことも少ない。

@「耳にすることが事実まれではないが、」:悪訳
このindeedは、「事実」(現に)でなく強調「実に」。not seldomは、「まれでない」(割とある)ではなく、否定の否定→強い肯定「しょっちゅう」。

修正訳:「実にしょっちゅう耳にするが、」

13.1.12
I think I may say that I understand @the nature of life on this earth as well as any (other) man now living.
 私は@この地上での生活がどんなものか、いま生きている誰にも劣らず理解していると言ってもよいと思う。

@「この地上での生活」:誤訳
「地下の生活」または「天上の生活」と比べているのだろうか? the nature of lifeを「生活」とするのは如何か(それならlifeだけでよいはず)。このlifeは「人間も含めた動植物(生きとし生けるもの)」→「命あるもの」→「生命」、natureは「本質」ととるべきだろう。

修正訳:「生命の本質」

13.2.9
In history @things do not happen suddenly and without preparation any more than they do Ain nature.
 歴史の中で@事件が突然、準備もなく起こるものでないのは、A自然の場合と[自然の中で]@事件Aがそういう形で起こるものでないのと]同じである。

@「事件」:誤差
thingsは意味範囲の広いことばだが、「事件」とすると「自然」との釣り合いがとれなくなる。「物事」と広めにしたほうがよいだろう。

修正訳:「物事」

A「自然の場合と[自然の中で]」:誤差
(A)を納得させる例えとして(B)を持ち出している。形からは、ここ二つに読める。
(1) (A) In history things do not happen suddenly and without preparation. (B) In history things do not happen in nature.
In historyは全文に掛かりsuddenly and without preparationとin natureが対照されている、代動詞doはhappenを受ける、と読む場合。
(2) (A) In history things do not happen suddenly and without preparation. (B)
Things do not happen suddenly and without preparation in nature.
代動詞doはhappen suddenly and without preparationを受け、in historyとin natureが対照させている、と読む場合。
in natureが「自然に」の意味にとれるなら、(1)でよかろうが、これは無理。(2)が正しく、「歴史の法則」と「自然界の法則」が対置されている。伊藤訳の読み方は間違っていないが、訳が少し舌足らず。

修正訳:「自然界の場合と」

13.2.10
The nuclear test ban treaty is no more than a beginning step toward the @general and complete disarmament.
核実験禁止条約は、@一般的な完全軍縮への最初の歩みにすぎない。

@「一般的な」:誤訳
「一般的」では、「専門的」に対するかのようだ。
ここは「部分的」にたいする「全面的」「全般的」の意味。

修正訳:「全面的な」

13.2例題(1)
He was, so far as @I could judge, as free from ambition in the ordinary sense of the word as any man who ever lived. If he rose from position to position, it was not because he thrust himself on the attention ofAhis employers, but because his employers insisted on promoting him. BHe was naturally a man of creative energy, a man who could no more help being conspicuous among ordinary human beings than a sovereign in a plate of silver.
 @私が判断しえたかぎりでは、彼はこの世に生をうけたどんな人々とくらべても普通の意味での野心がなかった。彼の地位が次々に高くなっていったとしても、それは彼がA主人に認められようと努力したからではなくて、A主人が彼を昇進させることを主張したからであった。B彼は生来の創造力が豊かで、平凡な人間の中ではどうしても人の目を引くこととなったのは、銀の皿の中の金貨と同様であった。

@「私が判断しえたかぎりでは、」:悪訳
この日本語では、時制がひとつずれてしまう。日本語では、文末を過去形にすることで、文全体が過去の意味になる。文中を過去形にすると英語の過去完了の意味にとられかねない。

修正訳:「私が判断しうるかぎりでは」

A「主人」:誤差
商店か封建制みたいだ。「地位が次々に高くなっていく」のだから、結構大きな集団(あるいはemployersと複数であるところから転職を重ねるのか)だろう。それらしく訳語を決める。

修正訳:「雇用主」→「社長」

B「彼は生来の創造力が豊かで」:悪訳
コロケーションがおかしい。「生来の創造力」とはいわない。「創造力が豊か」ともあまりいわないだろう(想像力ならいいが)。

修正訳:「生来、創造力があり」

13.3. 例題(2)
If we think we must not laugh, @this impediment makes our temptation to laugh the greater, and the inclination to indulge our mirth, the longer it is held back, collects its force, and breaks out the more violently in peals of laughter.
 笑ってはならないと思うと、@この障害のためにかえって笑いたいという誘惑は強くなる。そしておかしさのままに笑いたいという気持ちは、長く抑えているほど力を加え、かえって大きな笑い声となって爆発する。

@「この障害のため」:悪訳
「この障害」では、どこか身体的欠陥があるみたいだ。

修正訳:「そのため」
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