[月例翻訳批評 12月号]

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

12.1.3
Effort is as precious as, and perhaps more precious than, @the work it results in.
努力は、その成果として生まれる@仕事と同様に、いやおそらくそれ以上に貴重なものである。

@仕事:誤差
「仕事」では抽象的すぎる。このworkは(結果として生じた)「成果物」「作品」。前の、成果として、に合わせて訳語を考える。

修正訳:「もの」

12.1. 11
For some of us @when young it does not seem so important that we should be successful in a worldly sense as that we should try and become our true selves.
我々の中には、@若いとき世間的な意味で成功することは、真の自我を実現しようとすることとくらべた場合、重要でないと考える者もある。

@「若いとき」:悪訳
「若いときの成功は重要でない」と読めてしまう。「若いときには、世間並みの出世などどうでもいいと思っている」という意味が正しく伝わる訳にしなければならない。

修正訳:「若いときには、」

12. 1. 12
We are for the most part more @lonely when we go abroad among men than when we stay in our chambers.
たいていの場合、我々は、外に出て人々の中にいるときのほうが、自分の部屋にいるときよりも@孤独である

@「孤独である」:誤差
たまたま知ったのだが、この原文がソローの『森の生活』であることからしても、lonelyは「孤独」より「さみしい」のほうが訳語としてよいだろう(lonely、alone、solitudeが微妙に違った意味で使われている)。「孤独」は、必ずしもさみしさを含意しないことがある(英語のsolitudeもそう)。例えば漢詩「独り座す幽篁のうち琴を弾じまた長嘯(口偏に蕭)す。深林人知らず名月来たりて相照らす」(竹里館、王維)は、孤独の楽しさを詠っている。
修正訳:「さみしいものである」

12.1.13
If you are walking over @a chasm on a narrow plank, you are much more likely to fall if you feel fear than if you do not.
@深淵にかかった狭い板の上を歩くときは、恐怖を感じない場合よりも恐怖を感ずる場合のほうが落ちる可能性ははるかに大きい。

@「深淵」:悪訳
「深淵」では抽象的。chamが可算名詞化されていることに注目。

修正訳:「谷あい」

12. 1例題(2)
It has so often been said that the English (though not the Scots, the Welsh, or the Irish) are an inartistic and unimaginative people, that the English have themselves come to believe the accusation. They are told that they have no vision, that they are more concerned about their pockets than about their minds and souls. Since they are a modest and a docile people, full of self-distrust and slow to give offence, @it seldom occurs to them to point out that the English have had not only the greatest poet of all time but also more great poets than all other countries put together .
イングランドの人間(スコットランドやウェールズ、アイルランドの人間はそうではないが)は、芸術性に乏しく想像力を欠く民族であると言われることがこれまであまりに多かったので、イングランドの人間自身もその非難が正しいと信ずるようになってきている。彼らは人から、ビジョンがなく、精神や魂のことよりも財布の心配をすることが多いと言われている。彼らは穏健でおとなしい民族で自己不信に満ち、なかなか人を怒らせないので、@めったに口に出そうとは思わないが、イングランドからは古今を通じて最も偉大な詩人が出ているばかりでなく、他の国々をすべて合わせたよりも多く偉大な詩人が出ているのである

@「めったに口に出そうと思わないが、イングランドからは古今を通じて最も偉大な詩人が出ているばかりでなく、他の国々をすべて合わせたよりも多く偉大な詩人が出ているのである。」:悪訳
強調の方向が逆になっている。

@修正訳:「イングランドからは古今を通じた最も偉大な詩人が出ているばかりでなく、他の国々をすべて合わせたよりも多く偉大な詩人が出ていることを、めったに口に出して言おうと思わない。」

12.2.4
The leaves are now so thick that @one does not see so many birds as one hears.
今では木の葉が茂っているので、@耳に聞こえるより目に入る鳥の数のほうが少ない。

@「耳に聞こえるより目に入る鳥の数のほうが少ない」:悪訳

これも強調の方向が逆になっている。

@修正訳:「耳に聞こえるほど目に入る鳥の数は多くない」

12.2.8
We never believe we are @as fat or as thin and bony as other people say we are.
他人が言うほどには自分は@太っていない、またはやせて骨ばってはいないと我々は信じている。

@「太っていない、またはやせて骨ばってはいない」:悪訳
「または」では「太っていない」か「やせて骨ばっていない」のどちらか、ととられかねない。
ここ単純化すれば、We never believe we are fat or we are thin.つまりnot A or Bの変形で「AでもBでもない」

@ 修正訳:「太ってもやせて骨ばってもいない」
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