第10回 『英文解釈教室 第11章』

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)全15章を、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。
 この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。
 記載は例文、伊藤の訳文、筆者(柴田)のコメント、の順。
 浅学非才の身、あるいは指摘自体がおかしい部分も出てくるかと思う。読者の御叱正を乞う。

 訳文の検討は、次の要領で行なう。
誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

11.1例題(1)
We Americans are @traditionally a Ahopeful people. For most of us Bthe sense of emptiness is not a permanent mood. CDeep down in our hearts, in spite of frightening Devidence to the contrary, we refuse to believe that our era represents the end of rational life. Most of us Eare following the psychologically healthy course, going on with our customary work, planning, as normal men must, for a better, happier future.
我々アメリカ人は@伝統的に、A希望にあふれた国民である。大部分の者にとりB空白感は永続する気分ではない。おそろしいD反証があるにもかかわらず、我々は現代が理性的生活の終末を示していることをC奥深い心の中では信じようとしない。大多数の人はE心理的に健全な道をたどって、日常の仕事を続け、普通の人間であればそれが当然だが、よりよくより幸福な将来を目ざしている。

@「伝統的に」:誤差
traditionalとくると「伝統的に」と訳してしまうのが受験英語のくせ。十年前から近所にあるバーでも英語ではtraditional barということがある。つまり「従来からの」と訳したほうがよい場合が結構あるのだ。例:E-mail actually is super competitive with traditional communication methods.(Eメールは今従来の通信手段と激しい競争をしている)

修正訳:「元々」

A「希望にあふれた」:誤差
接尾辞-fulは(1)性質 (2)可能性 (3)状態、を示す。「希望にあふれた」は意味があいまいだし、「国民」とつながりにくい。ここは(1)。

修正訳:「楽天的な」

B「空白感」:誤差
何が空白なのか、と思われてしまう。「空虚感」としたいが、言葉として確立していないので、砕いた訳語にする。

修正訳:「空しさ」

C「奥深い心の中では」:悪訳
日本語があいまい。
ふつう、副詞+前置詞句は、副詞が大状況(おおまかな場所)、前置詞句が小状況(具体的な場所)を示す。例:She is out in France.(国の外にいる→フランスに。「彼女は滞仏中だ」)。だがここでは、deep downがイディオム化し、「…の下深く」。例:One translucent shrimp hovering deep down in the beautiful green water(美しい緑の水の中深く、漂よっている半透明の小エビ)

修正訳:「心の奥底では」

D「反証がある」:誤差
to the contraryは「それと反対の」だから「反証」(evidence to the contrary)としたのだろうが、ちょっとわかりにくい。意訳する。

修正訳:「証拠が示されている」

E「心理的に健全な道をたどって」:誤差
ちょっとわかりにくい。このhealthyは「(精神的に)有益な;自然の」(normal and sensible)の意味。

修正訳:「健やかな心で人生の道をたどり」

11. 2. 4
He had nothing that was @mean or parsimonious in his character.
彼の性格の中には、@けちで物惜しみするところはなかった。

@「けちで物惜しみするところは」:誤訳
[{(けち)かつ(物惜しみ)}でない]、と読めるが、原文は[(けちでない)また(物惜しみでない)]。not A or B=AでもBでもない。cf. not A and B=AかつBでない。

修正訳:「けちなところも物惜しみするところも」

11. 2. 6
@Man in general doesn’t appreciate what he has until he is deprived of it.
@人間は一般に、自分の持っているもののありがたさが、それを奪われるまでは分からない。

@「人間は一般に」:誤訳
成句的。例:people in general=一般の人。「人間は一般に」なら、Man generallyとなるはず。

修正訳:「一般の人間は」

11. 2例題
During the war, Stephen’s grandmother was evacuated to an hotel near Oxford, where she lived much the same life as in London, often cleaning out her own room, and in winter @distressing everyone by her unwillingness to have a fire. Once, on a bitterly cold winter’s day Stephen went to visit her. She was at the bus stop waiting for him in the snow, when he arrived. They walked to the hotel, but turned back when they had got there, to spend half an hour fruitlessly searching in the snow Aby the path on which they had come, for one of her mittens, which she had let fall.
戦争中スティーブンの祖母はオックスフォードの近くのホテルに疎開して、そこでロンドンにいた時とほとんど同じ生活を送り、たびたび自分で部屋をきれいに掃除し、冬には暖炉に火を入れることをいやがってみんなを@悩ました。ある時、ひどく寒い冬の日に、スティーブンは祖母を訪ねていった。彼が着いた時、祖母は雪の中をバスの停留所で彼を待っていた。彼らはホテルまで歩いたが、ホテルに着くと引き返して、祖母が落とした片方の手袋を見つけるために、2人が通ってきたA道のそばの雪の中を半時間もむなしく捜しまわった。

@「悩ました」:悪訳
口語ならこう言うこともあるかもしれないが、書き言葉ではキチンとした言葉遣いにしなければいけない。

修正訳:「悩ませた」

A「道のそばの」:誤差
by the pathは、(1)形容詞句としてthe snowに掛ける(byは「側の」) (2)副詞句としてsearchingに掛ける(byは「沿って」)、二つが可能。だがここは停留所からホテルまでの間をあてどもなく探し回るわけだから、(2)ととるのが順当。

修正訳:「道に沿って」

11. 3. 3
A great deal of @the bad writing in the world comes simply from writing too quickly.
世間の@悪文の大部分は、速く書きすぎることだけから生ずるものだ。

@「悪文」:誤差
the bad writingは、広義で(1)悪文(論理が通らなかったり、不完全だったり、やたらと難解な言葉を使ったり、といった)  狭義で(2)悪筆、と幅が広い。ここは(2)ととったほうが自然ではないか。「悪文」とはっきりさせたいなら、poor writingとでもなろう(poorは、品質の劣る)。

修正訳:「悪筆」

11. 3. 12
A good dictionary is a guide to usage Amuch as a good map tells you the nature of the terrain over @which you may want to travel.
すぐれた辞書が言葉の使い方への指針となるのは、よい地図が@旅行したくなることがあるかもしれぬ地方の地形を教えてくれるのとAほぼ同じである。

@「旅行したくなることがあるかもしれぬ」:誤訳
この日本語では、「これから旅行をしたくなる可能性がある」と未来のことにとれる。want は基本的には状態動詞なので、現在のことをいう。mayはこの場合、話者の推量(話者がyouのことを、そのようだと判断している)。

修正訳:「旅行したいと思っているかもしれない」→「旅行したく思っているような」

A「ほぼ」:誤差
完全に同じではないが、ほとんど同じ、ということ。「ほぼ」では、語感がそれよりずっと弱くなってしまう。

修正訳:「ほとんど同じ」

11. 3. 14
The matter is rightly left in England to @the good taste of writers.
英国ではその問題は正当にも、作家の@良識にゆだねられている。

@「良識」:誤訳
good tasteは「センス」の意味。ややこしいが「良識」は、good sense。

修正訳:「センス」
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