第一回『英文解釈教室』その1

『英文教室』[月例翻訳批評] by 柴田耕太郎

受験英語界のドンといわれた故・伊藤和夫(元・駿台予備学校専任講師)の名著『英文解釈教室・改訂版』(研究社)をとりあげる。

全15章のうち、第1章については以前、翻訳家山岡洋一のメールマガジン『翻訳通信』に書いたので、本連載では、第2章から第15章までを、月1章分または2章分づつ、取り上げてゆく。

この本を対象にしたのは、優れた英語指導書だからである。だが、どんなよい本にも瑕疵はある。細かいと思われるかも知れないが、その欠点をあえて指摘することで、この偉大な参考書がいつか再改定され、完璧なものとなることを望むものである。


訳文の検討は、次の要領で行なう。

誤訳:明らかな解釈・語法の誤り。英文和訳の試験でも×になるもの
悪訳:原文と日本文で理解の差を生じさせるもの
誤差:正しくはないが英文和訳の誤差として許されるもの
修正訳:日本語で原文の意味が正しく伝わっているかどうかを問題にするため、伊藤訳を最小限訂正したもの

[第二章]

2.1.3
I have seen various places in Europe, and I never found myself the worse for seeing them, but the better.
私はヨーロッパのさまざまな場所を見てきたが、そのために@堕落したことは一度もなくかえって@向上してきた。

@「堕落した」「向上してきた」誤差:
「…見てきたが、for以下(ヨーロッパのさまざまの場所を見たこと)で、その分だけ悪くなる(the worse)のでなく、その分だけ良く(the better)なった」が直訳。
bad(ここでは、poor qualityの意味)の比較級worseを「堕落」、goodの比較級betterを「向上」と対比させる心掛けはよいが、意味が強すぎる。「悪くなる」:「良くなる」→「ダメになる」:「よくなる」→「マイナスになる」:「プラスになる」ぐらいで止めておくべきだろう。

修正訳:「私はヨーロッパのさまざまな場所を見てきたが、そのためにマイナスになったことは一度もなくかえってプラスになってきた」


2.1.4
I heard her singing a song.
私@は、彼女が歌を歌っているの@を聞いた。


@「は」「聞いた」誤差:
「聞いた」では、自分が意識して聞いたのか否かがあいまい。hearは、ひとりでに聞こえること。


修正訳:私には、彼女が歌を歌っているのが聞こえた。


2.1 例題
The civilization of the Egyptians is one of the oldest civilization on the earth. The people lived on the banks of the Nile and the small strip of fertile country on either side. This fertile land they cultivated, and …
エジプト人の文明は、地上最古の文明の1つである。人々はナイル川の@川沿いの地と、両岸に狭く細長く続く肥沃な地方に住んだ。


@「川沿いの地と、両岸に狭く細長く続く肥沃な地方に」悪訳:
「川沿いの地」と「両岸に狭く細長く続く肥沃な地方」が、同じものなのか否かがわからない。もともとの原文も、 語義と並列があいまいな悪文。


「人々は [(甲)ナイル川のthe banks] and [(乙)両岸のthe small stripである肥沃なcountry]に住んでいた」だが、(1)andは(i)甲と乙(甲と乙は別々) (ii)甲かつ乙(甲と乙が重なる部分)
(2)the banksがきわめて多義 (i)土手 (ii)岸辺 (iii)両岸 (iv)川と土手の間の土地 (v)段丘 (E)川沿いの地
(3)countryにも二義ある (i)土地 (ii)地方
これらを組み合わせると2×6×2=24通りの訳が出来うるが、文脈と事実とをあわせ論理的に解釈してゆく。
「この肥沃な土地を耕作し、…」という文から、[ナイル川沿い(2)(vi)]かつ(1)(ii)[両岸に細長く広がる肥沃な土地(3)(i)]と読んでみた。つまり、ナイル川の氾濫による堆積物がつくった沃土、と理解したのである。平凡社百科事典にあたると、『ナイル川の浸食作用により形成された河谷および河口に、川が上流より運んできた肥沃な沖積土が堆積してつくりあげた土地(ナイル河谷2万2000平方キロ、デルタ約1万3000平方キロ)だけが、人間の生存と農耕に不可欠な水を得て、人間生活の舞台となった』とある。これでよさそうである。

修正訳:「エジプトの文明は、地上最古の文明の1つである。人々はナイル川沿いに細長く広がる肥沃な土地に住んでいた


2.2.3
The appearance of a comet in the sky caused whole nations in former days to tremble with fear.
空にほうき星が現れると、昔は@国中が恐怖におののいた。

@「国中が」誤訳:
whole nations=entire areas of nationsで、「諸国」または「諸国民」。
「国中」なら、the whole nation

修正訳:「空にほうき星が現れると、昔は諸国(民)が恐怖におののいた。」


2.2.5
find things out for yourself instead of having a parent or a teacher tell you.
親や先生に言ってもらうのでなく、自分でものごとを@発見せよ

@「発見せよ」誤差:
find outは、隠れているものを明るみに出すこと。「…の正体を見抜く」「…を案出する」「…の解答を出す」など。「(探して)見つける」の意味での「発見する」は、find。

修正訳:「親や先生に言ってもらうのでなく、自分でものごとを解決せよ(または理解せよ)


2.2.7
Poetry is the greatest glory of our nation, though we don’t often find it mentioned in the history books.
歴史の書物の中で@詩について書かれていることは少ないが、詩こそわが国民の最大の栄光である。

@「詩について」誤訳:
itは「詩」ともとれそうだが、thoughは前文に対する補足・強調であり、かつ前文は主題がpoetry、焦点がthe greatest glory of our nation(英語ではふつう文末が強調される)なので、itはカンマの前の節全体を指すととるべき。書かれてないのは、「詩のこと」でなく、「詩が国民の栄誉であるということ」。

修正訳:「歴史の書物の中でこのことについて書かれていることは少ないが、詩こそわが国民の最大の栄光である」→「歴史の書物の中で触れられることは少ないが、詩こそわが国民の最大の栄光である」

2.2 例題(2)
We tend to think of this great invention of the sewing machine as being of use chiefly in the home. It was not this, however, that made the sewing machine of such value to the progress of mankind.
ミシンというこの偉大な発明品は、@主として家庭で用いられるものと考えられがちである。しかし、ミシンが人類の進歩にとってこれほど貴重なものになったのは、Aこのことのためではなかった。

@「主として家庭で用いられるもの」悪訳:
be of use=useful
A「このことのため」誤差:
thisは、直前のこと(ミシンが主に家庭にあって便利である)を指す。

修正訳:ミシンというこの偉大な発明品は、主として家庭で役に立つものと考えられがちである。しかし、ミシンが人類の進歩にとってこれほど貴重なものになったのは、家庭にあって便利だから(生活の便宜のゆえ)ではなかった。

2.2 例題(3)
It is easiest to teach mathematics to very young children, for they have inquiring minds and they are self-reliant and they want to understand things for themselves.
@数学は非常に幼い子供に教えるのがいちばんやさしい。子供は探究心に富み、自信があり、独力でものごとを理解しようと望んでいるからである。

@「非常に幼い子供に」誤差:
easiestは、同じものの中での、the easiestは異種のものとの比較に用いる。
例:He is the strongest of all.(彼がみんなの中で一番強い)
The rain was heaviest then.(雨はそのときが一番激しかった)
人間の、人生における時期を比べて言っているのが訳文からは読めない。

修正訳:数学は非常に幼い時に教えるのがいちばんやさしい。子供は探究心に富み、自信があり、独力でものごとを理解しようと望んでいるからである。

Parents sometimes talk to their children like this, and they often fail to notice that, in trying to keep themselves honoured, they are making it extremely likely that their children will fail in the same way. For a person who expects to fail does fail.
親は子供に時々こういう話し方をする。そして親は、自分の威厳を@保とうとしながら子供が親と同様なA失敗をすることをきわめて確実なこととしているのに気づかぬことがよくある。なぜなら、失敗するだろうと思っている人はそのとおり失敗するものだからだ。

@「保とうとしながら」悪訳:
in 〜ing,+本文 は、in以下と本文の同時性を示すが、『in以下することで、それで「どうなる」』に力点がある。「…しながら」の訳では、焦点があいまい。日本語としては「〜することで、−になる」とでもすべきところ。
A「失敗をすることをきわめて確実なこととしている」悪訳:
they are making it extreamely likely that their children will fail in the same way.で、itは、that以下(仮目的語と真目的語)。構文は、SVOC。「親は子供が同じようにして失敗することを極めてありそうにしている」→「起こりそうにしている」→「(無意識ながら)起こらせようとしている」
「確実なこととしている」では、現在なのか未来なのか、主体は誰なのかがわからない。

修正訳:親は子供に時々こういう話し方をする。そして親は、自分の威厳を保とうとすることで、子供が親と同様な失敗をするようにし向けているのに気づかぬことがよくある。なぜなら、失敗するだろうと思っている人はそのとおり失敗するものだからだ。


2.3.3
To hundreds of people, the most significant happenings in Europe had been the triumph of dictatorship. I had watched the bases on which European freedoms had seemed to rest, destroyed.
数百の人々にとって、当時のヨーロッパで最も重大な出来事は独裁制の勝利であった。ヨーロッパの自由@の基礎をなしていたと思われる基盤が破壊されてゆくのを私は見守っていた。

@「の基礎をなしていたと」誤差:
「基礎をなす基盤」はコロケーションが悪い。
European freedom had seemed to rest on the bases.と読む(ヨーロッパの自由はその基盤に頼っていたようだ→支えられていた)。
rest onは、…に頼る、当てにする。

修正訳:数百の人々にとって、当時のヨーロッパで最も重大な出来事は独裁制の勝利であった。ヨーロッパの自由を支えていたと思われる基盤が破壊されるのを私は見守った。


2.3.4
Too much travel, too much variety of impressions are not good for the young, and cause them as they grow up to become incapable of enduring fruitful monotony.
あまり旅行をさせすぎたり、あまりに多様な印象を与えたりするのは、子供のためにならない。そういったなかで育った子供は大人になったとき、@実りの多い単調な生活に耐えることができなくなる。
@「実りの多い単調な生活」悪訳:
この訳では、単調な生活に初めから実りが付随しているようにとれてしまう。
-fulは(1)多量 (2)性質 (3)傾向、のうち、ここは(3)。fruitfulは、「豊作をもたらす」。

修正訳:あまり旅行をさせすぎたり、あまりに多様な印象を与えたりするのは、子供のためにならない。そういったなかで育った子供は大人になったとき、やがて実りをもたらしてくれる単調な生活に耐えることができなくなる。


2.3 例題
People who lack confidence in their knowledge of good English would like to have each spelling, pronunciation, meaning, and grammatical usage decided for them, once and for all, so that they could know that one is right and another is wrong. They feel uncertain when choices are clearly permissible.
正しい英語の知識に自信が持てない人は、綴りや発音、意味、文法的用法をひとつひとつきっぱりと@決めてもらって、どれは正しくどれはまちがいかを知ることが@できたらと思い、いくつかの用法の中から選ぶことが明らかに可能である場合は不安になるのである。

@「決めてもらって」「できたらと思い」誤差:
簡略化すれば、People would like to have A decided.(人々は、Aが決められるたらいいと思う)
so thatは(1)目的「…するように」 (2)結果「そして…する」
(1)なら、「…できるように、Aを決めてもらえたらいい」
(2)なら、「Aを決めてもらい、(その結果)…できるようになればいい」
どちらも可だが、流れのよいのはどっちだろう。

修正訳:正しい英語の知識に自信がもてない人は、綴りや発音、意味、文法的用法をひとつひとつきっぱりと決めてもらえば、どれは正しくどれはまちがいかを知ることが出来るのにと思う
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