2021年1月号 柴田耕太郎

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アルパゴン:
…。ワシは断言するぞ、かつらとリボンで少なくとも20ピストールするだろう。その20ピストールあれば、一年に18リーブル6ソル8ドニエの利子が稼げる。年利1/12として計算してもだ。
『守銭奴』第1幕第4

ケチ老人のアルパゴンがガミガミ・ネチネチと、息子クレアントの無駄遣いを戒める台詞の最後の部分。計算の早さに驚き呆れたクレアントは思わず「御名算!」と茶々を入れる。
昔、「フランス人は頭が悪いから引き算できない。8300円の買い物に1万円を出すと、まず商品を渡してから1万円になるまで小銭を足してゆく」と聞いたことがある。引き算できる日本人は優秀なのだ、と言いたいのだろう。
 でもよく考えれば、頭の悪い民族があれほどの文化・芸術を築きあげられるわけがない。そう、数字の問題なのだ。1から20までの数え方は日本語と同じ。ところが21は20+1(vingt et un)、79は60+19(soixante-dix-neuf)、85は20×4+5(quatre-vignts-cinq)というように、複雑。これでは誰であれ、計算表でも手もとになければ困るだろう。暗算ができたのであればアルパゴンは、商人としては大したものだが、ちゃんと合っているのだろうか?次の換算指標を用いて計算してみる。
*1ドニエ=1/12ソル、1ソル=1/20リーブル、1ピストール=11リーブル

元手の20ピストールは、220リーブル。
その利子は、220リーブル÷12=18,3333…リーブル。
単位を換算して、0,3333リーブル×20=6.666ソル、0,666ソル×12=7,992ドニエ≒8ドニエ。
確かに20ピストールの利子1/20は、18リーブル6ソル8ドニエとなる。
アルパゴンの頭の回転に脱帽!

ところで、20ピストール=220リーブルは現在価値でいくらぐらいなのか、気になる。
おおざっぱだが、フランス革命前までの1フラン=1リーブル=500円、を指標にすると、20ピストール=220リーブル=110000円。これが「かつらとリボン」代だ。
別の箇所で、アルパゴンの息子クレアントが高利貸(実は父親だとわかる)に15000フランを無心する。「…そしてもしこの点で親爺と衝突するなら、僕はあのすばらしい人と別の土地に行って、天が僕らにお示しくださる運命に従おうと心に決めたのだ。そうなった時のため、あちこちで金を借りようとしている」わけだ。親を見限り駆け落ちするのに必要な資金は、15000×500=750万円ということになる。これだけあれば、二三年は過ごせるだろう。この借入金の利子は5%で順当だが、それに高利貸ならではのオプションが付いて、結局20%に跳ね上がる場面があとに続き苦笑を誘う。

「現在ならいくらになるか」は日常でもときおり抱く疑問だ。指標は指標であり、スケールを変えれば違った見方になるのは否めないが、概念をつかむには結構便利だ。
蕎麦屋に、明治以来の諸物価と蕎麦の値段の比較表が出ていて、なるほどと思うことがある。それが江戸時代ならば、米一石の値段を指標にすると分かりやすい。ひと一人が一年に消費するコメの量を一石とする。当時の日本の人口が2500万から2800万、全国のコメの取れ高が3000万石弱だから妥当だろう。一石の値段は時期により変動するが、10万~20万円相当といわれる。
長屋住まいの職人5人家族が何とか面白可笑しく暮らせる最低限度の主食にたいする可分支出は5×10~20=50万円~100万円。エンゲル係数40%(極貧)とすると、職人の年間収入は125~250万円。そんなものだろう。このスケールで計ると、「100石取りの武士」の年収は、100×10~20÷2=500万円~1000万円(2で割るのは収穫高の半分を年貢として収受するとの仮定)。当たらずと云えども遠からずでないか。
この体で計算してみると、殿様などと言っても、決して贅沢はできなかったのが分かる。
5万石の中級大名で考えよう。50000×10~20÷2×0,2=5億~10億円(0,2を掛けるのは殿様の収入は全体の2割が標準だから)。ずいぶん裕福でないか、と思われるだろうか。ところがどっこい、これは殿の個人収入ではない。この中から江戸屋敷の維持費、参勤交代の費用、領国の社寺への寄付、幕府への接待費、さらに自家向きの御殿女中、小姓の手当てを払わねばならず、どの大名もヒイヒイしていたのが実情だ。
司馬遼太郎のエッセイに、真田10万石の殿様が、俳諧の師匠に払う金がなく、人をやって家老に借りに行かせる話が出てくる。コメが産業の9割であった戦国はとうに終わり、米だけでは経済が回らない時代になっていたのだ。いち早く殖産興業に手を付けた諸藩が明治時代につながる導火線となったのは推して知るべし。その明治に入り領国は失ったが、爵位と相応の手当てをもらって自家の事だけ考えればよくなり、旧大名は良い時代が来たと一様に喜んだという。

 モリエールの庇護者であったルイ14世が豪奢な生活をし、ベルサイユを建て、外地制圧に出かけたりできたのは、リシリュー、マザラン、コルベールなどの働きにより、農業収入だけに頼らぬ仕組みがすでにできてきたからに他ならない。

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