2020年8月号 柴田耕太郎

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スガナレル:
驚いてはならん。医者という者は、たいてい、患者を診るにとどめるものだ。だがワシは尋常でない医者なのであって、ワシはそれを呑む。何となれば味覚とともに、病気の原因と帰結をよく識別できるが故に。だが正直なところ、正しき判断を確立するには未だ尿の量が少なすぎる。もっとおしっこを出させなさい。
『跳び医者』 第4

若者ヴァレールが恋する娘リュシールは、父親の監視のもとに置かれている。ヴァレールの従僕スガナレルは医者になりすまし、娘の診察をする。尿を採ってこさせ、それを呑んでしまう。驚いた父親ゴルジユスに答えるのが上のセリフ。
ずいぶん品が悪いと、眉をひそめる向きもあろう。だがモリエールの舞台は庇護者である王侯貴族の観覧に供したあと、一般大衆に公開されたのである。格調は必要だが、そればかりではそっぽを向かれてしまう。ときおり猥雑さを織り交ぜ、それでいて顰蹙を買わないようにするのがモリエールの腕であった。
これらが巧みに入れ子となって、芝居に緩急をつけ見る者を飽きないようにしてくれる。高尚な台詞、しかつめらしい会話の中に卑猥さを気付け薬のように効かせ、からっとした笑いを誘うのである。

他にも乳母の巨大な乳房を触ろうとしてしくじったり、妻が初夜に処女でなかったことを匂わせたり、モリエールは実に隠し味としての猥雑さを生かす力にたけている。
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