2020年7月号 柴田耕太郎

PDFでダウンロード

クリザール:
さあ、娘の手を取って、ここはいいから、
娘を部屋へ送ってゆきなさい。ああ、何とも睦まじい抱擁!
ほのぼのとした気持ちになる、
甘酸っぱい過ぎし日、
わが青春の恋の日々が偲ばれてくるぞ。
『女学者』 第3幕第6

母親のフィラマントに嫌な結婚を強いられる末娘のアンリエット。父親クリザールは気の弱い男だがアンリエットの恋人クリタンドルに好感を抱く。二人の仲を認め、自分が妻を説得すると見栄を切った後、クリタンドルに言う台詞。

秋山伸子訳(30代の頃のものか)では次のようになっている。
クリザール:
さあ、この娘の手を取りなさい。先に行ってなさい。この娘を部屋に送っておいで。ああ!ふたりとも嬉しそうだな![アリストに]なあ、こんなにアツアツなところを見せられると、ホロリとするよ。老いぼれになってしまったこの俺も嬉しくてならん。若い頃の恋を思い出すよ。

以前この連載で、ドン・ジュアンが己の女性観を述べる一節を挙げ、訳者が男か女かで訳が違ってくる例を示したが、ここは訳者の年齢によって訳が大きく変わっている。

原文と直訳はこうだ。
Chrysale
Allons, prenez sa main, et passez devant nous,
Menez-la dans sa chamber. Ah! Les douces caresses!
Tenez, mon coeur s’emeut a toutes ces tendresses,
Cela ragaillardit tout a fait mes vieux jours,
Et je me ressouviens de mes jeunes amours.
さあ、彼女の手を取りなさい、そして我々の前を行きなさい、
彼女をその部屋に連れてゆきなさい。ああ!これらの甘い抱擁!
いや、わが胸はこれら全ての愛情表現に感動する、
これは完全にわが晩年を元気づける、
そして私は忘れていた若い頃の恋愛体験を改めて思い出す。

秋山訳は原文をよく咀嚼しており、問題ない。
しかし…私がクリザールを演じるとしたら、この台詞は朗じにくい。高年者の心理として自ら「老いぼれになってしまったこの俺も」などと自嘲する言葉はよほどのことがない限り、吐かないはずだ。しかもこれは幕切れの台詞で、次の幕では居丈高な妻に勇気を振り搾り向かってゆくことになるのだから。
いや、これは私が老年(本当は言いたくない)に達した今だからそう思うのであって、若い頃なら秋山のように訳したかもしれない。学生時代に『女房学校』を読み、中年男アルノルフが若い娘に嫉妬するのが見苦しいと、思った。それが近年この作品を訳していてアルノルフに同情を寄せる自分を感じた。こうした気持ちは訳文に反映してくることだろう。訳文も文体も年齢を反映するようだ。

ちなみに、次に鈴木力衛訳を参考に掲げる。
クリザール:(クリタンドルに)
さあ、この娘の手をとって。どうぞおさきに、娘を部屋まで連れて行ってやってください。(アリストに)なあ、あんなに仲むつまじいところを見ると、胸がいっぱいになって、昔のことがいろいろよみがえってくるよ、若いころの惚れたはれたが、いちいち思い出されてなあ。

柴田、秋山の中間的な訳文になっている。鈴木が何歳の時の訳業だろうか?

ページトップへ