2020年6月号 柴田耕太郎

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弁護士:
そこでいみじくもヒポクラテスはその第一の格言でこう申しております。ウィタ、ブレブス、アルス、ウェロ、ロンガ……。人生は短く、芸術は長し。経験は信頼に足らず、評価は困難である、と。
スガナレル:ゴルジビュスに
フィシル、タンターニア、プーラ……手術下手だと、人早く死ぬ。経験、結構、評価人任せ。
『跳び医者』8

 弁護士のラテン語は正しい。原文はVita brevis, ars vero longa, occasio autem praeceps, experimentum periculosum, judicium difficile. 訳も忠実にしてある。
スガナレルのラテン語まがいFicile tantina pota beril cambustibus.はめちゃめちゃ。無理に解読すれば「試み容易、樽骨髄被膜層」ぐらいになるか。
古代ギリシア人で医聖と謳われるヒポクラテス(前460頃~前377頃)の格言前半部分Vita brevis, ars vero longa, は英語にはふつうLife is short, art is long.と訳される。さらに日本語で上記のごとく「人生は短く、芸術は長し」となって、情緒的なわれら日本人の共感を呼んでいる。
だがlifeを命、artを技術ととれば「(医者の手際が悪く)手術に時間がかかると、人はすぐに死んでしまう」ともとれる。こちらの方が、医者のことばとして相応しいと思うが、…いや余計なことか。
「手術下手だと、人早く死ぬ。経験、結構、評価人任せ」はスガナレルのいい加減さを示すために付け足した、いわば説明訳。

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