2020年4月号 柴田耕太郎

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私はお年寄りの淡々とした優しさのほうが好き
若い男性の軽い脳みそが絞り出すどんな激しい告白よりも。
『亭主学校』第三幕第8

 スガナレルとアリストは年の離れた兄弟。よければ将来それぞれの妻にしてほしいと旧友に遺言され、その遺児姉妹の養育を引き受ける。兄アリストは姉のレオノールを自由に育て、弟スガナレルは妹イザベルを悪い虫がつかぬよう厳しく育てる。イザベルは町中で青年ヴァレールに見初められるが、意思疎通はままならない。一計を案じたイザベルは、しつこい男を諫めてほしいとスガナレルに訴え、ヴァレールを自宅に呼ばせる。そこで自分の気持ちを巧みにヴァレールに吐露する。さらにイザベルは姉のレオノールに変装し、深夜ヴァレールに会いに行く。ヴァレール宅にいる娘はレオノールと思い込んだスガナレルは結婚承諾書に署名する。そこにレオノールがパーティーから帰って来て、事実が判明。一杯喰わされたスガナレルは、女を呪う捨て台詞を吐き去ってゆく。

 冒頭のセリフはパーティーからの帰り道、お付きのリゼットに姉娘レオノールがいう言葉。次のセリフは育て親のアリストに水臭いと詰問されて、自分の本当の気持ちを告白するレオノ-ルの言葉。

誓って私はいつも変わらずにいます、
ずっと貴方をお慕いしています、
他の方へ気持ちを動かすのは罪と思っていますし
この機会に申し上げます、お情けを賜れるのであれば、
明日にでも私たち二人が聖なる絆で結ばれるようにして下さいませ。

 レオノ-ルとアリストは40歳近く離れている。芝居とはいえ、不自然な気がするが…。
モリエール自身晩年若い妻と再婚し、その自由奔放さと浮気癖に悩まされていた。こうあってほしい気持ちが、アリストとレオノールの会話に思わず出たというべきか。

 こうした年老いた夫と若い妻の取り合わせは文学の格好の題材になる。
 「今年三十二歳の彼女が肉体上の悩みを夫にむかって何の意思表示もしないということは考えられないことだった。六十三歳の原島は妻を満足させる機能をとっくに喪失している。それを知っているので敬子は諦めて夜も平静に熟睡するのだろうか。いや、そうは考えられなかった。爛熟に達している彼女の身体が、ここ一年以上も交渉を休んで淡々としていられるはずはなかった。…」(松本清張「礼遇の資格)
 この後夫は嫉妬から妻の愛人を殺害し証拠隠滅を図る。
 川端康成の「眠れる美女」は六十歳の老人が裸体で眠る若い女をただ見つめるだけだ。学生のころ文豪のエッセイで「老妻の身体で暖をとる」という表現に会い、人は老いると淡々としてくるのだろうなと妙に感動した覚えがある。昔の老人は淡白だったし、老け込むのも早かった。
 今はマスコミで話題になった75歳の資産家と23歳の女性の結婚、コメディアンの45歳差、など寿命が延びて男女関係の選択肢も広がってきたようだ。知り合いでも70歳で銀座の名物ママ40歳に惚れられた男を知っている。「事実は小説より奇なり」男と女は何でもあり、という先鞭をモリエールがつけたということになるか。

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