2020年3月号 柴田耕太郎

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「…。しかし何よりも嬉しく思うのは、私を手本とし、彼がひたすら古人の説にこだわっていることなのであり、決して血液循環説とそれと似たり寄ったりの他の説にまつわる、当代のいわゆる発見の実証実験も論証も、全く理解しようとも耳を傾けようともしないことです」
(『気で病む男』第二幕第5場)

 
 医師のディアフォアリュス氏が息子を、気で病む男アルガンの一家に紹介するときのセリフ。アルガンは、医者を娘婿にして自分の面倒を見てもらおうとするのだ。だが花婿候補のトーマ・ディアフォアリュスは出来立ての医者でおつむがよろしくない。花嫁候補とその義母を間違えたり、覚えていた自己紹介のセリフを度忘れしたりする。
「血液循環説」はウィリアム・ハーベイ(1578~1657)が唱えた最新の学説。それまで「動脈と静脈はそれぞれ切り離されたシステムとして作動する」とした古代最大の医学者ガレノス(129~199?)を、全面的に否定した。
当時パリ大学はヒポクラテス、ガレノスを信奉しており、ギリシア医学に反する理論を目の敵にしており、「他の説にまつわる、当代のいわゆる発見の実証実験も論証」は、各地を放浪し、経験的・実証的に医学理論を打ち立てたスイス出身の医師パラケルスス(1493~1541)をほのめかしているようだ。ここで新しいものと古いもの、権威の牙城とそれに対抗するものを図式的に並べれば、ガレノスーカソリックーパリ大学、パラケルススープロテスタントーモンペリエ大学、となろうか。
 モリエールは大の医者嫌いで、この戯曲のほかの箇所でも「彼らのご立派な技術は仰々しい訳のわからぬ話と見せかけの戯言から出来ていて、理屈のためにことばを弄し、効果の代わりに気休めを与えるだけなのです」「彼らは大変結構な古典の知識を身につけています。みごとなラテン語で話す術を、全ての病にギリシア語名をつけ、定義し、分類する術を。でも病を治すことに関しては、いささかの力もないのです」「心配こそ、苛立ちこそが、全てをぶち壊す。ほとんどの人はもらった薬で死ぬのであって、自分の病で死ぬのではありません」と登場人物のベラルドに医者の旧弊をミソくそに言わせている。

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