2020年1月号 柴田耕太郎

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ドン・ジュアン:
死んだ人間の野心がここまで至るとは。確かにこれはすばらしい。だが、生きている間は質素な住居で満足していた男が、自分の身が消えてしまってから、こんなに見事な住まいに入ろうとはな。(『ドン・ジュアン』第3幕5場)

 決闘で殺した相手の騎士の霊廟を前にしてのドン・ジュアンのつぶやき。
 神をも畏れぬ無信仰者のドン・ジュアンであってこその台詞だ。そう、死んで花実が咲くものか。
 日本でも、立派な墓をたてるようになったのはそう遠くない。鎌倉に「源頼朝の墓」があるが、あくまでも「伝」。大体鎌倉時代に墓などなかった。頼朝の庶流の末裔を称する島津氏が、さまざまの推測を集めて江戸時代に建てたに過ぎない。各家がどれかの宗派に帰依する決まりとなってから、先祖を供養するために続々と、武家は愚か商人・農民に至るまで墓を建てだした。それがだんだん豪華さを競うようになり、今でも大名の墓など霊廟と見まがうほどのものが残っている。やくざ映画で描かれる立派な葬式と立派な墓などは、死んだ当人よりも社会に対する誇示あるいは威圧と読めそうだ。
 一方、最近では逆に、散骨や樹木葬など質素なものが喜ばれる傾向にある。家族でなく仲の良い友人同士だとか、未婚の女性同士だとか、結婚していても墓は元の家の墓に入るなど、様々な考え方が出てきているのは興味深い。私として、いつか忘れられてしまう個別のものより、人間全体への慈しみが感じられるものがいい。例えば―太田道灌の「七重八重花は咲けども…」の逸話で知られる埼玉の越生の丘、平野を見張るかし佇む「世界無名戦士の廟」のようなものに自ずと畏敬の念に打たれる。

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