2019年11月号 柴田耕太郎

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ドラント:
切り込みがきれいなキツネ色、皮はパリパリしていて、心地よい歯ごたえのリーブパンのこと、決して強すぎない酸味が奥深さを与えている、まろやかで芳醇なワインのこと、またパセリをまぶし脂身が絶妙に入った羊の骨つき背肉のこと、それから仔牛の腰肉のこと――大きくて白くて柔らかくて、マジパンさながらの食感がします。またえも云えない香味で地の味を引き立てたヤマウズラ、おまけに極め付けは絶品のブイヨンに浸したパンを、丸々した七面鳥の若鶏と四隅の小鳩が支え、てっぺんに白玉ねぎとシコレを飾ったもの。
(『町人貴族』第4幕第1場)

 最初は、次のように訳した。
縁がこんがりキツネ色、皮がふっくらし噛むとサクッとして、中味は柔らかいリーブパンのこと、まろやかで芳醇だが若さも感じさせるワインのこと、またパセリをまぶし脂身が絶妙に入った羊の骨つき背肉のこと、それから仔羊の腰肉のこと――長くて白くて柔らかくてアーモンド・ペーストさながらの食感がします。またえも云えない地の香りに更に味付けしたヤマウズラ、おまけに極め付きは銀白色のブイヨンスープ――これは小鳩を四隅に添え丸々した若い七面鳥を載せた大皿と一緒に、チコリと白玉ねぎで飾ったもの。

普通の仏和、仏仏辞書を丹念に引いて、日本語にしたものだ。だが自分でもあやふやなところがある。リーブパンってこれでいいのか、ワインの芳醇さと若さが両立するのか、アーモンド・ペーストって何だ、ブイヨンスープと七面鶏の位置関係が分らない、等々。先行訳を見ても、あいまいなのは似たり寄ったり。戯曲の台詞としては、観客が何となくイメージがつかめればよい箇所なので、これでまずくはあるまい。

今回、時間とエネルギーが余っていたので、執拗に調べた。

ここは、伯爵であるドラントが、ルイ王朝時代の贅沢な料理を述べている箇所。
日本語での関連書籍は皆無。ネットは(日本語、フランス語)ありきたりのことしか出ておらず、役にたたない。教養あるフランス人に訊いても現代のことでないので分らない(我々が江戸時代の大名料理を知らないのと同じだ)。日本人のフラン料理人も同様。重い腰を上げて、原語の料理辞典を積み上げ、片端から「解読」していった(料理の知識ないので、えらい難儀)。

その結果、分かったこと:
un pain de rive
「窯の端に置くことで縁がこんがり焼けたパン」と戯曲テキストの注釈(フランスの百科事典から採ってきたもの)にあるが、説明が足りない。
切り込みの入ったバゲット系のパン。その切込みがこんがりキツネ色になる。皮はしっかりと固く、噛むとカリカリ、サクサク。中身はふんわり、またはもっちり。

un vin a seve veloutee, arme d’un vert … :
vert(緑)は、日本では「青臭い」「若い」「熟成していない」意味と思われているが、ここでは前後関係で「酸味が強い」ととるのがいいだろう。

de mouton gourmande de persil:
「羊の霜降り背肉」または「パセリを散らした羊の背肉」

une longe de veau de riviere, longue … :
longeは腰の部分を縦半分に切った肉の塊なので、longueであれば当然幅もあろうと思われる。

une vraie pate d’amande:
そのまま「アーモンド・ペースト」では分からない。これはマジパンのこと。
マジパン:アーモンドをすりつぶし、砂糖などを混ぜて半固形状にしたもの。

de perdrix relevees:
perdrix(ヤマウズラ)は、近隣種を含む野鳥の総称。美味とされるのは、生後1歳未満のヒナ(perdreau)。

une soupe a bouillon perle:
soupeに先入観があり、なかなか分らなかった。これはbouillonに浸したパンのことだと思われる。さらに肉汁、ワインなどを加え調味したものかも知れない。パン粥レベルのやわらかさかも知れない。パンそのものも、白パンとは限らず、パンに浸すと色目は分かりにくいので、perleは「銀白色」ではなく「絶品」などの抽象的な意味ととりたい。
当時の豪華料理は、建築とか芸術に比されていた。この盛り付けは、七面鳥と小鳥の上にパン、パンの上に野菜を載せたもの、と思われる。

以上調べた成果を訳文に反映させたが、正しくとも却って読みにくくなっているかも知れない…。

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