2019年10月号 柴田耕太郎

コヴィエル:
こうして女という奇妙な生き物に、男たちは皆た易くなだめすかされてしまう。
『町人貴族』第3幕第10

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クレオントの従僕、コヴィエルの台詞。
ちょっとした誤解でいがみ合っていた恋人たち、クレオントとリュシール。最初は不実をなじるクレオントが優勢だったが、リュシールがつむじを曲げると形成は逆転。ワケを教えてくれと懇願するクレオント。リュシールは、頑固な叔母のせいで素知らぬふりをしたのだと答える。すぐにクレオントは納得してしまう。
クレオント:
ああ、リュシール。君の唇は僕の心のわだかまりをいとも簡単に吹き払ってしまう。そして恋する人間をやすやすと納得させてしまう。
これに続くのが文頭の台詞。

このあたりの掛け合いも面白いが、すこし前にある、クレオントがコヴィエルにリュシールの悪口を存分に言ってくれ、とのくだりが微笑を誘う。
コヴィエル:
では若旦那、ご免蒙って。大体が妙に気取った女で、洒落た着こなしで、貴方の気を引こうとしているのですよ。オイラにはごく平凡な女にしか見えませんや。貴方さまなら、もっと相応しい女性を百人も見つけられますでしょう。第一に、眼が小さいです。
クレオント:
確かにその通りだ。目は小さい。だが情熱に満ちた瞳、キラキラと輝き、世界で一番生き生きとし、誰よりも一番心に触れる瞳だ。
コヴィエル:
口は大きすぎます。
クレオント:
そうだ。だがほかの口にはいささかも見られぬ魅力がある。そしてあの唇は、それを見ると、思わずクラクラっとするものだ、世界で最も魅力的な、最も愛情に満ちた口だ。
コヴィエル:
背がちょっと足りません。
クレオント:
そうだな。でもすらりとして自然だ。
コヴィエル:
気怠そうな話し方と素振りがわざとらしいです。
クレオント:
確かに。でもそれ全てに優雅さが出ている。その仕草は人を引きつけ、何と言ったらよいかその、心に沁み入るものがある。
コヴィエル:
知性に関しては…
クレオント:
ああ。コヴィエル、彼女には知性がある、もっとも洗練された、もっとも繊細な。
コヴィエル:
あの方の受け答えは…
クレオント:
あの人の受け答えには心惹かれる。
コヴィエル:
あの人はいつも鹿爪らしくて。
クレオント:
お前は晴れやかな陽気さとかあけっぴろげな笑顔をお望みか。しょっちゅうヘラヘラしている女たちほど空しい存在があろうか。
コヴィエル:
でも、世間の女たちよろしくあの方は気まぐれで。
クレオント:
ああ、あの人は気まぐれだ。それは同意だ。だが美しい女には全てが似合う。人は美しい女には全てを許すのだ。
コヴィエル:
そんな次第だったら、貴方さまは四六時中あの方を愛してやまないものとお見受け致しますがね。

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