2019年9月号 柴田耕太郎

ああ!ワシのかわいいお金、ワシのかわいいお金、ワシの竹馬の友!
『守銭奴』第4幕第7

PDFでダウンロード

 

箱に入れて庭に隠した大金を盗まれたのにたじろぐ守銭奴アルパゴンの台詞。
「一巻の終わりだ、この世にワシがすがるものはもう何もない。お前がいなければ、ワシは生きることが難しい。万事休す、もう生きられない。」と重ねて嘆く。
このあと下手人探しとなり、アルパゴンは警部とともに料理人ジャック親方の証言を聴く。

ジャック親方:
旦那さま、思い当たるフシがあります。やったのはあの執事さんかも知れません。
アルパゴン:
ヴァレールが?
ジャック親方:
はい。
アルパゴン:
あんなに誠実そうにみえるが。
ジャック親方:
奴ですよ。奴が貴方に盗みを働いたのだと思います。
アルパゴン:
でどうしてそう思うのだ?
ジャック親方:
どうしてですか?
アルパゴン:
そうだ。
ジャック親方:
どうしてかと言うと…そう思うということでして。
警部:
そのわけを言う必要があるのだ。
アルパゴン:
ワシが箱を置いた場所の辺りを、あいつがうろついているのを見たと言うのか。
ジャック親方:
そうです。えーと、お金があったのは。
アルパゴン:
庭だ。
ジャック親方:
そうでがす。アッシはあいつが庭をうろついているのを見ました。でお金が入ってたのは…
アルパゴン:
箱の中だ。
ジャック親方:
まさにそうです。奴が箱を抱えてるのを見ました。
アルパゴン:
でその箱は、どんなものだった。それがワシのものだったかどうかはっきりさせたい。
ジャック親方:
どんなものだった?
アルパゴン:
そうだ。
ジャック親方:
あれは…あれは、箱のような箱でした。
警部:
それはわかっている。もう少し具体的に。
ジャック親方:
そりゃでっかい箱で…
アルパゴン:
盗まれたのは小さい。
ジャック親方:
ええ、え。確かに小さいです。でも中に入っているものはでっかいでしょ。
警部:
でどんな色だった。
ジャック親方:
どんな色?
警部:
そう。
ジャック親方:
色は…そう、つまり…何て言いましたっけ、あの色。
アルパゴン:
うん?
ジャック親方:
赤って言うのかな?
アルパゴン:
いや、灰色だ。
ジャック親方:
ああ、そう。赤茶けた灰色。アッシが言いたかったのはそういうことで。
アルパゴン:
間違いない、確かにワシの箱だ。書き留めてください、警部さん。この証言をしっかり書き留めてください。参った、今後は一体誰を信じればよいのか。もう何が何やら。こんなことがあると、ワシはワシ自身がワシに盗みを働く人間だと思ってしまう。

あいまいな供述に対する辻褄合わせと、いい加減な相槌。芝居だから笑っていられるが、今の世でも、こうしたことで罪なき人が有罪判決を受けることもあろうかと思うと、ぞっとする。

ページトップへ