2019年8月号 柴田耕太郎

今の世の中は、貴族の名をかたる詐欺師ばかりだ。こいつらは、自分の氏素性があいまいなのをいいことに、誤魔化し放題、高貴な苗字を好き勝手に名乗るのだ。
『守銭奴』第5幕第5

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 窃盗の容疑をかけられた執事のヴァレールが「実は自分はれっきとした名門の生まれで…」と見栄を切るのに、返すケチ老人アルパゴンの言葉。
 モリエール作品にはやたらと貴族、偽貴族、貴族なりたがり屋がでてくる。そんなに身近な存在なのか、かねてから疑問だった。イギリス小説にもよく貴族(爵位保持者)がでてくるから、さぞ多いのかと思いきや800家族(6万家族中1家族、人口比で0,002%)。明治維新後、大名と公家が合体し、華族という近代貴族ができた日本では600家族 (12万家族中1家族、人口比で0,001%)。日本との人口比で精々二倍、貴種としての価値は同じだろう。英国貴族が目立つのは、かの地独特のスノビズム(下の階級を蔑み、一寸上の階級を嫉み、貴族を羨む)の所以と思われる。
 ところが欧州大陸では遥かに貴族は多い。ベネチアでは一時人口の30パーセントが貴族だったとの記録もある。貴族の定義に微妙な違い(爵位なしでも貴族とすることがある)があり、時代と国によっての変動もあるが、おおむね3パーセント未満で貴族少数地域(日英の数と比較されたし)、8パーセント未満で貴族そこそこ地域、8%以上で貴族多数地域と分けられる。日本では貴族というと、なよなよした頼りにならない、身分だけ高い人物のイメージだが、欧州大陸の「貴族」はどうも「上級武士」といった感じだ。
 天皇の権威が微弱であった日本の戦国時代では、各地の群雄が「××越中の守」「〇〇佐賀の掾」などと勝手に身分を名乗った。幕藩体制になり、官位は厳密に幕府により管理されることとなる。日本の江戸時代の武家の人口比は約8パーセント。幕末近くになると、幕府の御家人株を商人や富農が買い取って、直参になる例が多々見られる。勝海舟の祖父もその一人で、海舟の父の代まで御家人であったが、海舟は自らの器量で旗本になった。新撰組があれだけ命を懸けて戦ったのも、武士になりたい一念だったのかもしれない。寺田屋事件後、多摩近在の百姓出の近藤勇が旗本、土方歳三が御家人に出世している。
 フランスでは、貴族身分は王の専権事項のはずだが、実際には地方の独立的諸侯が付与することもまかり通った。また王の官員になれば、功績により一代もしくは永代貴族になれる。さらに、戦争での手柄、多額の税を納めたり、国に多額の寄付をすることで貴族の称号を得ることもできた。しかして、貴族は増殖し、また認定証などないものだから、勝手に貴族を名乗る輩もはびこったと言う次第。
 これが上記のアパルゴンの台詞の意味するところだ。外国劇上演の難しさは、このように同じ単語(貴族)であっても、概念がずれる場合註を付けられるわけでなく、それをどう処理するかということにある。

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