2019年6月号 柴田耕太郎

アルセスト:
いや。今は気が気でない。
君だけ行ってくれ、僕を一人にしておいてくれ
この暗い片隅で、この汚れた悲しみと共に。
『人間嫌い』第5幕第1

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マドンナ、セリメーヌが来るのを二階で待とうと誘う友人フィラントに、真面目男アルセストが言う台詞。アルセストはセリメーヌが戻ってくるのを階下で待ち構え、彼女の本心を確かめようとするのだ。
切ない恋心、疑心暗鬼、世間への嫌悪、自分への腹立たしさ、そうしたものの入り混じった気分がよく表われている。「汚れた悲しみ」はどこかで聞いた言葉だが―そう中原中也の詩。

汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる

汚れちまった悲しみは
たとえば狐の皮衣
汚れちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる

汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがうなく
汚れちまった悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる

中也は東京外語の仏語科中退でランボーの訳詩もある。素養として学校で古典文学を習ったはずだから、モリエールの上記の台詞が、この詩のヒントになったかも知れない。
そういえば、モリエール作品のなかに「運命の矢玉」という言葉が数か所出てくる、これは半世紀ほど前のイギリスの大劇作家W・シェークスピアの『ハムレット』の台詞の影響だろうか。

(ハムレット独白)
生か死か、それが問題だ。
どちらが男らしい生き方か、暴虐な運命の矢弾をじっと耐え忍ぶのと、
それとも、
幾多の苦難に敢然と立ち向かい決着をつけるのと、
どちらが。
死ぬことは眠ること、それだけ。
眠ることで、あまた身の痛みも心の傷も
消えるものなら、
願ってもない結末というもの。
死は永遠の眠り。だが、
眠ればまた夢も見よう、
そこに障りがあるわ。
(拙訳)

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