2018年8月号 柴田耕太郎

イアサント:
ああ。どうして純粋な愛が邪魔されねばならないの。二人の心の絆を蝕もうとする邪魔者がなければ、愛はどんなに甘美なものでしょう。
スカパン:
御冗談を。のっぺりした愛など、いらいらする静けさと同じです。単調な幸せは退屈になってくるものです。人生に浮き沈みはつきもの。愛に障害があってこそ、情熱を呼び覚まし、喜びが増すのです。
   『スカパンのわるだくみ』第三幕第一場

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 富裕な商人の息子、オクターヴは薄幸な娘イアサントと、密かに結婚する。その父親アルガントが知り合いの娘をオクターブに押しつけようとするのを知って嘆くイアサントに、スカパンが返すことばがこれ。
 たしかに悲恋は、文学の主要テーマ。
「風立ちぬ、いざいきめやも」で始まる堀辰雄作品は、高原の療養所を舞台に、結核の若い女性とその恋人のいわば看病記。恋人が不治の病に侵され死に邁進してゆくからこそ、読者の涙をそそり心を打つ。
何度もドラマ化された「月よりの使者」という戦前の流行小説の舞台も、やはり長野県富士見にある高原療養所。結核に倒れた青年弁護士と美貌の看護婦のはかない物語であった。看護婦野々口道子は、最終的に恋よりも看護婦の使命をとるのである。

 次の英文もおなじようなことを説いている。
Somehow or other, life―in a play―seems even finer with an unhappy than with a happy ending.
某書の訳)
「どうしてかは分からないが、劇中の人生は、幸福な結末に終わる場合よりも、不幸な結末に終わるほうがさらに美しく見えるのである」

この訳何か説得性に欠ける。そう問題は、fine。このfineは「美しい」でなく「出来がいい」ととったほうがよいだろう。恋愛映画がハッピーエンドでなく悲恋に終わった方が「質がよい」⇒「価値がある」⇒「出来がいい」⇒「仕上がりがよい」と意味が狭まるのだ。
fineは多義で、実に難しい。私もかつて授業で関係代名詞の非制限用法の例文にMr Ito, who teaches us English, is a fine gentleman. というのを出し「伊藤先生は私たちに英語を教えて下さっていますが、立派な紳士です」と訳をつけた。あとで受講生のひとりが、ネイティヴ・スピーカーに聞いたらfunnyと言われたが…と尋ねてきた。
なるほど調べるとその通り。ネイティヴでないと気づかないコロケーションの問題だ。日本語でも「おめでたい」は通例よいことだが、人に使うとおかしい―「お目出度い人」。
じつはこれ、昔駿台予備校で名物教師鈴木長十先生に言われた文例を鵜呑みにし、そのまま使ったものだった。優しい単語ほど注意が必要。

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