2018年6月号 柴田耕太郎

「誰もが皆、女たちの欠点を知っている。
出鱈目で分別がないのが女だ。
腹黒く、移り気で、
弱くて愚か、それだけがすべてだ。
これほど不誠実なものはない、なのに
世の男たちは、この生き物のために何でもするのだ」

『女房学校』5幕4場

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末は妻にと幼いころから手塩にかけて育てたアニェスが、若い男になびくのを引きとどめようと懸命に説得するアルノルフのつぶやき。
男が不甲斐ないのか女が不人情なのかは、永遠のテーマ。

中原中也の詩にも似たような嘆き節がある。
「女よ、美しいものよ、私の許にやっておいでよ。…
欣び甘え、しばらくは、仔猫のようにも戯れるのだが
やがてそれにも飽いてしまふと、そのこまやかさのゆえに
却っておまえは憎みだしたり疑ひ出したり、ついには私に叛く
やうにさへもなるのだ。
おお、忘恩なものよ、可愛いものよ!おお、可愛いものよ、忘恩なものよ!」

佐藤春夫の「殉情詩集」はそうした現実に出会う前の、純な少年の淡い恋心を歌う。
「野ゆき 山ゆき 海辺ゆき
真昼の丘べ花をしき
つぶら瞳の君ゆえに
うれいは青し空よりも」

考えてみれば男はだれも、
子供の時は母親に気に入られようとし、
思春期には好きな女の子の、
長じては恋人・細君のご機嫌をうかがい、
勉強し、スポーツや芸術で目立とうとし、
汗水たらして金を稼ぎプレゼントし、
あげく大抵は馬鹿にされ、愛想づかしされ、
呆れられるのだから割にあわない(もちろん一般論) 。

だからこそ演歌では、
一人の男を切々と恋する耐える女像がやたらにでてくる。
「あなたかわりはないですか。
日ごと寒さがつのります。
着てはもらえぬセーターを
涙こらえて編んでます」(「北の宿から」)

かくあってほしい男の願望が、空しくも大いなる幻影を生むのだろう。

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