2018年4月号 柴田耕太郎

「嬉しくない事が分かるかもしれないと思うと身震いがする、
だが、人間というやつは、知りたくもないことを知る努力をするものだ。」
(『女房学校』柴田訳、以下同)

PDFでダウンロード

幼いころから末は妻にと育て上げた無垢な少女アニェスが、若い男とただならぬ関係になろうとするのを察し、主人公アルノルフは事実を確かめようとする。
「恐いもの見たさ」はスリルを楽しむ娯楽といえようが、こうした「嫌なことを知りたがる」のは一種の自虐性によるものだろうか。いや、「信じたくない、でももしかしたら間違っていて、いい知らせかもしれない」と一縷の望みを抱く、悲しい人間の性なのでないか。

『守銭奴』ではケチ老人のアルパゴンが自分の評判を使用人に聞き出そうとする。
「ジャック親方、世間がワシについて言っていることを、教えてくれるか」
「そりゃあ。貴方さまが絶対怒らないというなら」
「いいや、決して怒りはせん」
「失礼ですが、きっと怒るに違いありません」
「全然そんなことはない。逆に、ワシは満足するだろう。他人が自分のことをどう思っているか知るのは嬉しいことだからな」
「旦那さま、お望みですから率直に申し上げますが、人は至る所で貴方さまをあざけっています。どこでも貴方に対するひどい言葉をワッシらに投げつけます。貴方をののしり、貴方のケチぶりをけなすことほど嬉しいものはないのです。ある人はこう言います、貴方は特殊な暦を刷らせ、それには断食日と大斎(節食日)が倍になっていて、周りの人々を無理やり断食させようというわけだと。別のある人は言います、年末にやる祝儀の時分になると、あるいはお宅からお暇をいただく時になると、きまって使用人たちに因縁を吹っ掛け、ビタ一文渡さないで済まそうとすると。ある話では、一度など、貴方さまはお隣のネコを裁判所に訴えたというんです、自分が食べていた羊の残り肉を失敬してしまったといって。別の話では、…」
調子に乗ってべらべらアルパゴンの悪い噂を披露したジャック親方は、アルパゴンの捨て台詞もろともぶち叩かれる「話し方をわきまえろ!」。
正直にしゃべったおかげで逆恨みされることは人生にありがち。用心が肝要だ。

英語の小説からも拾ってみた。
There is always something to be said for remaining ignorant of the worst. I have never told a cancer patient yet that there is no hope any longer.
(最悪の事態を知らないままでいることが良い場合もある。私だってこれまでにがん患者にもう希望はないなどと言ったことは決してなかった)

病状の告知は今でも深刻な問題だ。
「私は仏道修行を重ねて参りました。どんなことがあっても驚きません。事実をそのままお伝えください」と高僧に問い詰められた主治医が、それならばと「貴方は末期がんで余命1年です」と明かしたとたん、衰弱して3か月で死んでしまったという。

If this is about what I am beginning to suspect it is about, she told herself, then I don’t want to read it.
(もしこの手紙がわたしがきっとそのことだろうと察していることについて書いてあるなら、と彼女は自分に言い聞かせた、私はこれを読みたくない)

手紙は死んだ厳格な良人からの遺書。「そのことだろうと」とは、自分の死後の未亡人としての心得えをくどくど記してある、といった懸念。だったら読みたくないのだが、もしかしたら死を前にして人格が変わり、優しい愛の言葉がちりばめられているかも知れないと、夫人は封を切る。残念ながら、思った通りの、いやそれよりももっと幻滅することが書かれてあった…。という展開。

そうなると「旦那、人生は思いもかけぬ面倒だらけです。いつもその心構えをしているのがよろしい。…私に関して言えば、我がささやかな人生観に照らし、この教訓をいつも実践しています。で、私が家に戻るときはいつも、主人の立腹があるものと思っています。叱責、侮辱、足から尻への一撃、棒での連打、革帯での折檻。それで、そうしたものがやってこないときには、自分の運命に感謝するのです。」(『スカパンのわるだくみ』) といったスカパン流の身の処し方が望ましいといえようが、そこまで世を覚めて見られるようになるには、どれぐらいの歳月がかかるのだろうか。

ページトップへ