2021年1月号 柴田耕太郎

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伊藤和夫著『英文解釈教室・改訂版』は最も優れた英文読解指南本の一つである。
それでもいくつかの瑕疵があるのを憂え、研究社に働きかけた。
同社の英断で、最低限修正必要な箇所が直され『新装版』として世に出た。
修正時には私のアドヴァイスも多少取り入れてもらっている。
何故どこをどう直したのかを示すことは、過去の百万読者に対する責務であり、故伊藤先生への礼儀でもあろう。
そして未だ直っていないが直すべきである箇所もあり、また直しが不満足な箇所もある。
これらを月一回の連載で点検してゆきたい。
書籍『英文解釈教室・新装版』ならびに、私が研究社HPで連載した『英文解釈教室・新装版ノート』(研究社HP www.kenkyusha.co.jp のWebマガジンLinguaバックナンバー欄にあり)と見比べていただくと、いっそう学習の効果が上がるだろう。
場合により原文は省いてある。上記テキストを参照願いたい。

・凡例
『英文解釈教室・改訂版』=旧版
『英文解釈教室・新装版』=新版
『英文解釈教室・新装版ノート』=ノート
私の考え=意見
英文和訳の試験でも減点される誤訳箇所=×
商品としての翻訳にはなっていない悪訳箇所=△
修正個所=下線 
太字=特に言及する誤訳、悪訳箇所
修正例= ⇒
新版の訂正でおおむねよろしいところ=意見を記していない

 

Chapter7  It … that …

前文:
「代名詞によって受けられるものはふつう前にあるから、方向は1つしかないことになる。」
意見:
とも限らない。例えばthisは、 前方照応にも後方照応にもなる。

7.1.3
As a rule it happens that a week or so of mild sunny weather occurs about this time.
旧版) △
1年のうち今ごろはたいてい、1週間かそこらおだやかでのよくあたる日が続く。
新版) 〇
1年のうち今ごろはたいてい、1週間かそこらおだやかで日光のよく当たる日が続く。
意見)
これは私も気づかなかった。「日」が次と重なるので「日光」のほうがよい。さらに「陽」のほうがもっとよいのでは。

7.1.5
One day it occurred to a man named John Gutenberg that if the letters of a text could be made each one separate, they might be used over and over again.
旧版・新版) △
ある日、ジョン・グーテンベルグという名の人が、テキストの活字をひとつひとつばらばらにできれば、何度も使えると思いついた。
意見)
地名・人名は現地語読みが原則。ジョン・グーテンベルグ⇒ヨハネス・グーテンベルク、に直す。

7.1  例題
In the violent conflicts which now trouble the earth the active contenders believe that since the struggle is so deadly it must be that the issues which divide them are deep. I think they are mistaken. Because parties are bitterly opposed, it does not necessarily follow that they have radically different purposes. The intensity of their antagonism is no measure of the divergence of their views. There has been many a ferocious quarrel among sectarians who worship the same God.
旧版)△ △ △ △
現在の世界を悩ましている激烈な闘争の中で活発に戦っている人々は、争いがかくも激しいものである以上、彼らを対立させている問題は深刻なものであるにちがいないと信じている。私は彼らの考えは誤りだと思う。党派が激しく対立しているからといって、必ずしも、彼らが根本的に異なる目的を持っているということにはならない。敵愾心の強さを、考え方の違いをはかる尺度にはできない。同一の神を崇拝する宗派の間にも、これまで多くの狂暴な争いがあった。
新版)〇 〇 〇 〇
現在の世界を悩ませている激烈な闘争の中で現役の活動家は、争いがかくも激しいものである以上、自分たちを対立させている問題は深刻なものであるにちがいないと信じている。私は彼らの考えは誤りだと思う。党派が激しく対立しているからといって、必ずしも、彼らが根本的に異なる目的を持っているということにはならない。敵対心の強さを、考え方の違いをはかる尺度にはできない。同一の神を崇拝する宗派の間にも、これまで多くの激しい争いがあった。
意見)
未然・連用・終止・連体・仮定・命令の文法はともかく、「悩ましている」は「口語」ではないか。「活発に戦っている人々」和語にすると軟らかくなるが、意味がぼやけることがある。「彼ら」当人たち、の意味で使う場合「自分たち」とした方が分かりやすい。「狂暴な」争いとの連語性が弱い。

7.2  例題
旧版)△ 〇 △ △ △ △
科学者が研究する個々の問題と、時代の社会的状況や技術的要求の間には密接な関連があることを指摘するのが普通のこととなっている。「純粋」科学者は真空状態の中で仕事をするのであって、外部の世界の状況とはまったく関係を持たぬかのような誤った印象を一掃するのを、この傾向はたしかに助けているし、それはまた、研究課題がいかに抽象的であっても、科学者はやはり時代の社会的状況の1要素とみなされなくてはならぬということを強調するのに役立っている。しかし、そう言ったからとて、科学者のする仕事はすべて、科学者自身にとってはいかに無意識であってもなにかさしせまった社会的要求から生まれたものだというような、明らかにまちがったことを言っているわけではない。何十年間もまったく応用されぬままになっている大発見の数を考えれば、科学者の自由な探求の精神が周囲の社会の必要よりしばしば先行することは明瞭である。
新版)〇 × 〇 〇 〇 〇
科学者が研究する個々の課題と、時代の社会状況や技術的要求の間には密接な関連があることを指摘するのが普通のこととなっている。「純粋」科学者は真空状態の中で仕事をするのであって、外部の世界の状況とはまったく関係を持たないかのような誤った印象を一掃するのを、この傾向はたしかに助けているし、それはまた、研究課題がいかに抽象的であっても、科学者はやはり時代の社会的状況の一要素と見なされるべきだと強調するのに役立っている。しかし、そう言ったからとして、科学者のする仕事はすべて、科学者のほうではどんなに意識していなくてもある切迫した社会的要求から生まれたものだというような、明らかに間違ったことを示唆するわけではない。何十年間もまったく応用されないままになっている大発見の数を考えれば、科学者の自由な探求の精神が周囲の必要にしばしば先行することは明らかである。
意見)
「1要素とみなされなくてはならぬということを」冗漫。
「とて」⇒「として」に直しているが、確定条件を、仮定条件にしてしまいよくない。「といって」としたいい。
「科学者のほうではいかに無意識であっても」硬い。「なにかさしせまった」曖昧。ここの箇所のように、一つの文章に硬軟入り混じるのが伊藤訳の頂けぬところ。
「言っている」ここは断定ではない。
「明瞭」と「明らか」は場合によって異なる意味を持つ。ここもそう。

7.3 例題(1)
旧版) △ △
船に最も危険なのは荒れた、嵐の海ではない。岩に囲まれた危険な岸である。船が危険でない程度に荷が積まれ、乗組員が十分に配置されている場合には、船は海上でも港にいるときと同じように安全である。船が難破の危険をおかすのは、出発に際しを離れるときと、帰路岸に到着するときである。
新版) 〇 〇
船に最も危険なのは荒れた、嵐の海ではない。岩に囲まれた危険な岸である。船に適正に荷が積まれ、乗組員が十分に配置されている場合には、船は海上でも港にいるときと同じように安全である。船が難破の危険をおかすことになるのは、出発に際し岸を離れるときと、帰路岸に到着するときである。
意見)
「危険でない」まわりくどい。
「おかすのは」可能性の含みを入れたい。

7.3 例題(2)
旧版) △ 〇
英国人はいったん自分がまちがっていると納得するとその誤りから学ぶが、英国人を納得させられるのはきびしい現実の過酷な証拠だけである。このきびしい現実に正面衝突するまでは、英国人はかたくなな性質のためやり方を変えようとしない。英国人は戦闘にはすべてやぶれるが、戦争にはすべて勝つと言われてきた。いくつかの戦闘にやぶれた後はじめて英国人は戦術を変えるのである。
新版) 〇 〇
英国人はいったん自分が間違っていると納得するとその誤りから学ぶが、英国人を納得させられるのは厳しい現実にあるという過酷な証拠だけである。この厳しい現実に正面衝突するまでは、英国人はかたくなな性質のためやり方を変えようとしない。英国人は戦闘にはすべて破れても戦争にはすべて勝つと言われてきた。いくつかの戦闘に破れたあとではじめて英国人は戦術を変えるのである。
意見)
「現実の」前後は同格。
「すべてやぶれるが」を「すべて破れても」に代えてある。事実を軟らかく表現したのだが、ここどちらでもよいかな。

7.3 例題(3)
旧版)△ △
知性をそなえた人は誰でも、自分が住んでいる国の、できれば世界の歴史、自分が読む文学の歴史、従事している商売や職業、信奉する宗教の歴史について、ある程度知っているべきだということが一般に認められている。では、自分の話す言語について、なぜそうであって
はならないのか。この書物が書かれたのは、言語の歴史について知識を持つことが真に必要であり、言語の知的な使い方ができるようになるための最も確実な方法の1つは、その言語の歴史的研究であると信ずるからである。
新版) 〇 〇
知性を備えた人は誰でも、自分が住んでいる国の、できれば世界の歴史、自分が読む文学の歴史、従事している商売や職業、信奉する宗教の歴史について、ある程度知っておくべきだということが一般に認められている。では、自分の話す言語について、なぜそうであってはならないのか。この書物が書かれたのは、言語の歴史について知っておくことが真に必要であり、言語を知的に使いこなせるようになるための最も確実な方法の1つは、その言語の歴史的研究であると信じからである。
意見)
新版のように、両方とも、砕いたほうが読者に親切だろう。

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