2020年11月号 柴田耕太郎

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伊藤和夫著『英文解釈教室・改訂版』は最も優れた英文読解指南本の一つである。
それでもいくつかの瑕疵があるのを憂え、研究社に働きかけた。
同社の英断で、最低限修正必要な箇所が直され『新装版』として世に出た。
修正時には私のアドヴァイスも多少取り入れてもらっている。
何故どこをどう直したのかを示すことは、過去の百万読者に対する責務であり、故伊藤先生への礼儀でもあろう。
そして未だ直っていないが直すべきである箇所もあり、また直しが不満足な箇所もある。
これらを月一回の連載で点検してゆきたい。
書籍『英文解釈教室・新装版』ならびに、私が研究社HPで連載した『英文解釈教室・新装版ノート』(研究社HP www.kenkyusha.co.jp のWebマガジンLinguaバックナンバー欄にあり)と見比べていただくと、いっそう学習の効果が上がるだろう。
場合により原文は省いてある。上記テキストを参照願いたい。

・凡例
『英文解釈教室・改訂版』=旧版
『英文解釈教室・新装版』=新版
『英文解釈教室・新装版ノート』=ノート
私の考え=意見
英文和訳の試験でも減点される誤訳箇所=×
商品としての翻訳にはなっていない悪訳箇所=△
修正個所=下線 
太字=特に言及する誤訳、悪訳箇所
修正例= ⇒
新版の訂正でおおむねよろしいところ=意見を記していない

Chapter5 倒置形

5.1.1
What is an idea? It is not a word, nor is it a string of words.
旧版、新版 △:
観念とは何か。それは1つの単語ではないし、また単語の連なりでもない。
意見:
ideaは、①抽象(不可算)名詞で「観念」、②具象(可算)名詞で「思考>考え」となることが多い。例:in idea 観念的には
ここは②「思考」とした方がよいのではないか。

5.1.2
Rarely does a man love with his soul, as a woman does.
旧版、新版 :△
女性のように全霊をこめて愛することは、男性にはめったにない。
意見:
soulは「心、魂」だが、知性に対する情を意味する。
その感じを生かし「精魂込めて」とか「心から」としたい。

5.1.8
Only when we use our ingenuity and energies to give happiness to others regardless of reward may we achieve happiness ourselves.
旧版、新版 △:
報酬のいかんを無視して他人を幸福にするため才能と精力を用いるときにのみ[用いるときはじめて]、みずからも幸福になることができる。
意見:
「いかんを無視して」はコロケーション(言葉と言葉の結びつき方)が悪い。
「いかんにかかわりなく」としたい。

5.1 例題(1)
I have always maintained that by a strenuous effort mankind might defeat the impartial destructiveness of nature, but I have always insisted that only by incessant hard thinking and a better coordination of man’s powers of self-sacrifice and heroism is such a victory possible.
旧版:
営々と努力することによって、人間は自然の無差別な破壊を克服できると私は以前からずっと主張してきた。しかし、私はまた、このような勝利は、たえず真剣にものを考えることと、人間が持つ自己犠牲と英雄的行動の力をよりたくみに調整することによってはじめて可能であるとも主張してきたのである。
新版:「営々と」⇒「精力的に」、「あるとも」⇒「あるとずっと」
旧版 △⇒新版 〇、 旧版 〇⇒新版 〇
意見:
strenuousを「営々と」とするのは無理がある。
have always maintained、have always insistedと似た意味の言葉が重ねられている。細かく言えばmaintainはmain-tain「手に握る」、insistはin-sist「中に立つ」の意味のラテン語派生。日本語にすると共に「主張する」になってしまうが、ニュアンスの差を、旧版は「あるとも」、新版は「あるとずっと」との訳で出している。
「あるとも」では新たに別の事を主張したことになってしまう気もする。だが、品詞を変えて「あるとずっと」では前節の「主張してきた」が弱まりそう。
どちらも和訳の限界で、致し方なしか。

 

5.2.3
Among the greatest works in European literature is the oldest of them all, the Iliad.
旧版、新版 ×:
ヨーロッパ文学の最大の作品の1つとして、それらの中で最古の作品、イリアッドがある。
意見:
地名、人名などは現地語読みとするのが、通例。
ここは作品名、ギリシア語で「イリアス」または「イーリアス」とすべき。

5.2.8
From a study of the productions of the various presses of different countries can be determined, more or less accurately, the general requirements of the reading public.
旧版、新版 ×:
各国のいろいろな出版社の刊行物を調べると、その国の読者層の一般的要求がだいたい正確に推定できる。
意見:
different countriesを調べた結果、the reading publicの傾向が分かる、という論理。
このthe reading publicは、各国それぞれでなく「(そうした国々)全体の読者大衆」の意味。

5.2.9
His health was never good at any time of his life, and coupled with this was the fact that all his life he was poor in financial circumstances.
旧版、新版 ×:
彼は生涯、いつも健康がすぐれなかった。そして、このことに加えるに、一生彼は経済的に窮乏していたという事実があった
意見:
加えるわけではない、連絡しているのである。
訂正⇒「これと結びつくのが」、「事実であった」

 

5.3.2
He was honest, clean, and clever. But one very important quality in men of good position he had never learned, and that quality was politeness.
旧版、新版 △:
彼は正直で清潔で頭がよかったが、高い地位の人には非常に重要な1つの性質がどうしても身につかなかった。そしてその性質とは礼儀正しさであった。
意見:
並列に違和感あり。⇒「正直で高潔で」と形容詞のレベルをそろえる。
または同義語反復ととって「清廉」の一語にまとめる。

 

5.4.4
(その後の解説)
“You must go to bed now.” “So I must and so must you.”
旧版、新版 △:
という文を考えよう。後半のsoはどちらも「そのように」の意で、go to bed nowを受けている
意見:
So I mustのSoはgo to bed nowを受ける。so must youのsoはtooの意味。
つまりand you must (go to bed now) tooとなる。

 

5.4.12
Edison tries thousands and thousands of ways to do a thing, and never quits, even should it take ten years, until he has either found a way or proved conclusively that it cannot be done.
旧版 △ 新版 △:
旧版訳:
エジソンはあることをするのに何千もの方法をためしてみて、方法を発見するか、その不可能を決定的に証明するまでは、万一10年かかっても、決してやめない。
新版訳:
1つのことをなすのに何千もの無数の方法を試してみて
意見:
thousands and thousandsは、数の多いことを示し、具体的に何千ものとしない方がよいだろう。
do a thingのdoは「作成する」の意味。
訂正訳⇒「ものをつくるのに実にいろいろな方法を試してみて」

5.4.13
Many a murderer would have remained innocent had he not possessed a knife or a gun.
旧版 新版 〇:
旧版訳:多くの殺人者は、ナイフや鉄砲を手もとに持ちあわせていなかったら、罪を犯さずにいられたろう
新版訳:「ナイフやピストルを」「いられただろう」
意見:
日本語は曖昧にするのが好きだから、訳はこれでよいだろうが、念のために述べておく。
not v A or Bは「AもBもvない」の意味で、両者否定。
正確には「ナイフも鉄砲も(持ちあわせていなかったら)」。

 

5.4 例題(2)
As culture advances, the role of playful and artistic activities tends to grow ever greater. The increase of leisure is recognized by most of us as a desirable social aim, but leisure activities usually contain a greater element of mental activities than do those that come under the heading of work.
旧版 △ 新版 △:
旧版訳:文化が進歩するにつれて、遊戯や芸術に見られる活動の役割はますます増大する傾向にある。余暇の増加が望ましい社会的目標であることは大部分の人が認めるところであるが、余暇になされる活動には通例、明らかに仕事と銘打った活動の場合より多くの精神的活動の要素が含まれている。
新版訳:「遊びや芸術に関係のある」
意見:
-fulは多義で訳者泣かせ。大体は、性質、傾向、多量のどれか。
ここは性質「遊び心溢れる」ととるのがよいだろう。
-icは所有、関連、類似のどれか。
ここは関連「芸術にかかわる」ととるのがいいだろう。
ここのofは所有、所属。
それで直訳は「遊び心溢れる、そして芸術にかかわる活動がもつ役割」だが、いささかくどい。
旧版の「遊戯」は「芸術」と並列しにくく、「活動」との連語性も弱い。
新版「関係のある」を「…まわりの」とすれば理解しやすいがあまりに口語的。
前のplayfulを後のartisticにかけて「楽しめる芸術的活動」ぐらいでどうか。artを「芸術」とすると、どうしても狭まってしまうが、日英語差の限界か。後段とのつながりで、思い切って「創作活動」とするのもよいか。

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