2020年9月号 柴田耕太郎

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伊藤和夫著『英文解釈教室・改訂版』は最も優れた英文読解指南本の一つである。
それでもいくつかの瑕疵があるのを憂え、研究社に働きかけた。
同社の英断で、最低限修正必要な箇所が直され『新装版』として世に出た。
修正時には私のアドヴァイスも多少取り入れてもらっている。
何故どこをどう直したのかを示すことは、過去の百万読者に対する責務であり、故伊藤先生への礼儀でもあろう。
そして未だ直っていないが直すべきである箇所もあり、また直しが不満足な箇所もある。
これらを月一回の連載で点検してゆきたい。
書籍『英文解釈教室・新装版』ならびに、私が研究社HPで連載した『英文解釈教室・新装版ノート』(研究社HP www.kenkyusha.co.jp のWebマガジンLinguaバックナンバー欄にあり)と見比べていただくと、いっそう学習の効果が上がるだろう。
原文は省いてある。上記テキストを参照願いたい。

・凡例
『英文解釈教室・改訂版』=旧版
『英文解釈教室・新装版』=新版
『英文解釈教室・新装版ノート』=ノート
私の考え=意見
英文和訳の試験でも減点される誤訳箇所=×
商品としての翻訳にはなっていない悪訳箇所=△
修正個所=下線 
太字=特に言及する誤訳、悪訳箇所
修正例= ⇒
新版の訂正でおおむねよろしいところ=意見を記していない

 

Chapter3 that

①名刺節と接続詞

解説部分(新装版、以下同p37)
He said that twenty-five years before, when in India, he had fallen in love with an Indian woman.
… 文意は、「彼は、25年前インドにいたときインドの女性と恋におちた、と言った」となる。
旧版×、新版×「と恋におちた」。
意見:
fall in love with ~は「~に恋をする」。相思相愛を示してはいない。
⇒「~に恋をした」。

3.1 例題
旧版:
我々の祖先が見なれていたものとはまったく違った建築様式の例が20年前から実際に現れてきていることは、否定しえぬ事実である。現代建築の設計者は、建築を進歩完成させて今世紀の諸問題を解決し、その外観にふさわしいものたらしめようとすることで、建築を生きた芸術として復活させることを助けていると確信している。現代の建築家が、建築物をそれが満たさなければならない必要により密接に関連させることに特に関心があるからといって、彼らが建築の実用面のみを考えていると思うのは誤りである。自分の営みが芸術であることを建築家は知っており、それゆえに彼らは美の追求にも関心がある。
新版:
我々の祖先が見なれていたものとはまったく違った建築様式の例が20年前から実際に現れてきていることは、否定できない。現代建築の設計者は、建築を発展完成させて今世紀の諸問題を解決し、その見通しにふさわしいものたらしめようとすることで、建築を生きた芸術として復活させることに役に立っていると確信している。現代の建築家が、建築物がそれを満たさなければならない要求により密接に関連させることに特に関心があるからといって、彼らが建築の実用面のみを考えていると思うのは誤りである。自分の営みが芸術であることを建築家は知っており、それゆえに彼らは美の追求にも関心がある。
意見:
旧版「否定しえぬ事実である」△。表現がまわりくどい。
旧版「進歩完成」△、新版「発展完成」△。完成というとそれで終りの感じだがperfectは
「能う限り良くすること」⇒進歩発展。
旧版「外観」×outlookには外観の意味はない。
旧版「を助けている」△。表現が弱い。

②that節―名刺節

3.2 例題(2)
旧版:
彼らが夏の旅行からどんな喜びを得ていたかを知るのはまったくむずかしいが、もしかすると彼らのおもな満足となっていたのは、近所の人たちに、毎年夏には子供をつれて1か月海辺へ転地するだけの生活の余裕があることを示すことだったのかもしれない。
新版:
彼らが夏の旅行からどんな喜びを得ていたかを知るのはかなり難しいが、もしかすると彼らの主な満足となっていたのは、近所の人たちに、毎年夏には子供を連れて1か月海辺へ転地するだけの生活の余裕があることを示すことだったのかもしれない。
意見:
旧版「まったくむずかしい」△。hard to discernの訳としては強すぎる。

3.3.3 
旧版:
地球は宇宙の固定した中心であるという、紀元2世紀のギリシアの哲学者(名はトレミー)の説を、中世の天文学者は固く守っていた
新版:
地球は宇宙の固定した中心であるという、紀元2世紀のギリシアの哲学者(名はプトレマイオス)の説に、中世の天文学者はしがみついた
意見:
旧版「トレミー」×。地名・人名は現地語読みが原則。
旧版「説を、中世の天文学者は固く守っていた」△。生硬。

3.3. 例題(2)
旧版:
時間とは1分1分の集合体であって、そのひとつひとつを仕事や遊びで埋めなければならないという現代の考え方は、ギリシア人にはまったく無縁のものである。工業化以前の世界に生きている人には、時間はゆっくり気楽に経過していて、1分1分に気を使うことなどはない。というのは、そもそも分などという単位が存在することを意識するようになっていないからである。
新版:
時間とは1分1分の集合体であって、そのひとつひとつを仕事や遊びで埋めなければならないという現代の考え方は、ギリシア人にはまったく無縁のものである。工業化以前の世界に生きている人には、時間はスローでのんびりしたペースで進むもので、1分1分に気を使うことなどはない。というのは、そもそも分などという単位が存在することを意識するようになっていないからである。
意見:
旧版「ゆっくり気楽に経過していて」△。新版「スローでのんびりしたペースで進むもので」△。擬人化しているわけでなく、同義語反復⇒「ゆったり流れるもので」

3.4 例題(1)
旧版:
愛ではなく、財産や社会的地位のために結婚することが不自然なことは、誰でも本能で知っていますが、世の中の仕組みから言って、多かれ少なかれ金のためか社会的地位のため、またはその両方のために結婚しなければならないようになっているのです。
新版:
愛ではなく、財産や社会的地位のために結婚することが不自然なことは、誰でも本能的にわかりますが、世の中のしくみから言って、実質的に金のためか社会的地位のため、またはその両方のために結婚しなければならないようになっているのです。
意見:
旧版「本能で知っていますが」△。強い。
旧版「多かれ少なかれ」△、条件ではない。新版「実質的に」△、意訳しすぎ。⇒程度を示す「多少なりとも」。

3.4 例題(2)
旧版:
学問のある女性が非常に珍しい存在だったので、その文学活動が話題になるたびに女性であるという事実が注目を浴びた時代からもうおよそ100年もたっており、したがって「女流作家」という語は使われなくなろうとしている。男にしかできないと男が考えていたことのうち多くを女性がまもなくするようになるため、その事実に注意をひこうとすれば言語に無用の負担をおわせることになるとは、50年前には誰も予想できなかっただろう。
新版:
学問のある女性が非常に珍しい存在だったので、その文学活動が話題になるたびに女性であるという事実が注目を浴びた時代からもうおよそ100年もたっており、したがって「女流作家」という語は使われなくなろうとしている。男にしかできないと男が考えていた多くの仕事を女性がまもなくするようになるため、それに目を向けさせようとすれば言語に無用の負担を負わせることになるとは、50年前には誰も予見できなかっただろう。
意見:
旧版「男にしかできないと男が考えていたことのうち多くを女性がまもなくするようになるため」×。新版「男にしかできないと男が考えていた多くの仕事を女性がまもなくするようになるため」〇。英文が言っているのは、女も男と同じ仕事ができるということで、男の仕事のかなりの部分を女ができるようになったことではない。
旧版「予想」〇新版「予見」〇。どちらも同じこと。

tsuki

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