2020年7月号 柴田耕太郎

伊藤和夫著『英文解釈教室・改訂版』は最も優れた英文読解指南本の一つである。
それでもいくつかの瑕疵があるのを憂え、研究社に働きかけた。
同社の英断で、最低限修正が必要な箇所が直され『新装版』として世に出た。
修正時には私の助言も多少取り入れてもらっている。
何故どこをどう直したのかを示すことは、過去の百万読者に対する責務であり、故伊藤先生への礼儀でもあろう。
そして未だ直っていないが直すべきである箇所もあり、また直しが不満足な箇所もある。
これらを月一回の連載で点検してゆきたい。
書籍『英文解釈教室・新装版』ならびに、私が研究社HPで連載した『英文解釈教室・新装版ノート』(研究社HP www.kenkyusha.co.jp のWebマガジンLinguaバックナンバー欄にあり)と見比べていただくと、いっそう学習の効果が上がるだろう。

・原文は省いてある。上記テキストを参照願いたい。
・凡例
『英文解釈教室・改訂版』=旧版
『英文解釈教室・新装版』=新版
『英文解釈教室・新装版ノート』=ノート
私の考え=意見
英文和訳の試験でも減点される誤訳箇所=×
商品としての翻訳にはなっていない悪訳箇所=△
修正個所=    
太字=特に言及する誤訳、悪訳箇所
修正例= ⇒
新版の訂正でおおむねよろしいところ=意見を記していない

第一回Chapter 1 主語と動詞

1.1 S … V (1)

1.1.1 
訳文部分
旧版:
この楽しいパリ郊外の5月の明るい朝のさわやかさが、小がらな旅人に影響した。
新版:
この心地よいパリ郊外の5月の明るい朝のさわやかさが、小さな旅人に影響した。
意見:
旧版「楽しい」△。パリ郊外が擬人化され、楽しんでいるように読めてしまう。

1.1.5 
訳文部分
旧版:
現在、アメリカ人の最大の趣味は写真である。休日の行楽地で出会う人や町の公園を散歩しているのが見られる人のうち、2人に1人はカメラを持っている。
新版:
現在、アメリカ人の最大の趣味は写真である。休日の行楽地で出会う人や町の公園で目にする散歩している人のうち、2人に1人はカメラを持っている。

1.1 <例題(1)> 
訳文部分
旧版:
日常生活において、つまり手紙を書いたり、会話や政治演説をしたり、公式の通知を起草したりするときに、気をつけてたくみに言葉を使うことが、文学への関心の基礎となる。文学は、同様な技巧と感受性が人間の生活に対するもっと深い洞察を取り扱うところから生まれるのである。
新版:
日常生活において、さらには手紙を書いたり、会話や政治演説をしたり、公式の通知を起草したりするときに、気をつけてたくみに言葉を使うことが、文学への関心の基礎となる。文学は、同様な技巧と感受性が人間の生活に対するもっと深い洞察を取り扱うところから生まれるのである。

1. 2  S…V(2)

1.2.2 
訳文部分
旧版:
絵のように美しい所にあり、まれに見るほど美しく楽しそうな様子をしている家をみて、そこに住むのがだれか知りたいと思った経験を、たいていの人はもっている
新版:
絵のように美しい佇まいを見せ、まれに見るほど美しく楽しそうな様子をしている家を見て、そこに住むのが誰か知りたいと思った経験が、たいていの人にはある
意見:
旧版、新版「楽しそうな」△。原語はcomfort。家を擬人化しているのではない。その家にいたら気持ちよいと感じられるのだ。⇒心地よさそうな

1.2.3 
訳文部分
旧版:
高潔な生活を送っている人々は、たとえ無名のまま人生を送っても、人生が空しく終わることを恐れる必要はない
新版:
高潔な生活を送っている人々は、たとえ無名のまま人生を送っても、空しい人生を送ってしまったのではないかと思う必要はない。
意見:旧版×。これからのことでなく、これまでのことを述べている。

1.2. <例題(1)> 
訳文部分
旧版:
私の父は、大家族をかかえているため出しきれない大学教育の費用のことと、そういう教育を受けた人々の多くが大学を出てから貧しい暮らししかできないでいることを考えて、私の教育についての最初の考えを変えた。
新版:
私の父は、大家族をかかえているため出しきれない大学の教育費のことと、大学教育を受けた人々の多くが卒業してから貧しい暮らししかできないでいることを考えて、私の教育についての当初の考えを変えた。

1.2. <例題(2)> 
訳文部分
旧版:
図書館には教育の上で重要な機能がある。図書館は全力をあげて、充実した生活を送るには書物が不可欠の要素であり、図書館は誰にでも何かを提供できることを示さねばならない。書物や図書館は特定の人々のためのものであって、すべての人のためのものではないという印象を、図書館が人々の心の中に作り出すとしたら、図書館は結局、有害無益な施設になってしまうだろう。
新版:
図書館には教育の上で重要な機能がある。図書館は全力をあげて、充実した生活を送るには書物が不可欠の要素であり、図書館には誰に対しても提供できるものがあることを示さなければならない。書物や図書館は特定の人々のためのものであって、すべての人のためのものではないという印象を、図書館が人々の心の中に作り出すとしたら、図書館は結局、有害無益な施設になってしまうだろう。

1.3  (S+S)+V

1.3 例題 
訳文部分
旧版:
職業を選ぶときには、生涯の幸福と満足を含む多くのことが決定される。人の作る家庭、その住む地域社会、維持する生活水準、求める娯楽、子供の成長する環境は、大部分がどんな職業を選ぶかで決まってくる。
新版:
職業を選ぶときに、生涯の幸福と満足を含む多くのことが決定される。人の作る家庭、人の住む地域社会、維持する生活水準、求める娯楽、子供の成長する環境は、大部分がどんな職業を選ぶかで決まってくる。
意見:
旧版、新版「…を含む」×。それでは「多くのこと」の中に…があることになってしまう。involveはin-内へ、-volve回転する、が原義。「巻き込む」「必然的に伴う」「影響を与える」「…に関連を持つ」と意味が狭まる⇒…にかかわる

1.4  To不定詞、etc … V

1.4.2 
訳文部分
旧版:
自己の価値が思っていたほど大きくないと知ると、しばらくは苦しいかもしれない。
新版:
自己の価値が思っていたほど大きくないと知ると、しばらくは苦しいかもしれない。
意見:
旧版、新版「知ると」△。急に分かったみたいだ。recognizeは「然るべきものを、然るべきものとして認識する」こと。うすぼんやり感じていたことを、やっぱりそうかと認識するのである。⇒認めるのは

1.4 例題(2)
訳文部分
旧版:
過去半世紀の物質的または精神的変化のいずれかが、アメリカの国民性にそれと比較しうる変化を生み出したかどうかを決定することはむずかしい。国民性を作り上げる力は、個人の性格を作り上げる力と同じくらい目立たぬものである。しかし、どちらの性格も早く形成され、比較的わずかしか変化しないことはほとんど確実と言ってよい。
新版:
過去半世紀の物質的または精神的変化のいずれかが、アメリカの国民性にそれに相応する変化を生み出したのかどうかを決定することは難しい。国民性を作り上げる力は、個人の性格を作り上げる力と同じくらい不明瞭である。しかし、どちらの性格も早く形成され、比較的わずかしか変化しないことはほぼ確かだと言ってよい。
意見:
旧版「それと比較しうる変化」×。国民性と比べているわけでない。国民性と連動しているのだ。
旧版「目立たぬものである」×。目立つ目立たないでなく、曖昧だといっている。
旧版「ほとんど確実」×。確率でなく、可能性の大きさをいっている。

 

ページトップへ