2021年4月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。
旧訳が永井淳、新訳が田口俊樹による『飛行士たちの話』。いづれも早川書房刊。

あらすじ:
英国空軍飛行中隊の三人組が、たまのカイロでの休暇中、女衒に苦しめられる娘たちの存在を知り、彼女たちを救う算段をする。無事救い出したあと、娘たちと祝杯を上げ、楽しい時がはじまった。

 今回の話は長いが易しい文で綴られおり、誤訳・悪訳はほとんどない。少々気になったところを取り上げる。

原文:p247
They have all of them made some mistake or other which Rosette either engineered or found out about, and now she has put the screws on them; …
旧訳:p105 △
みんななにかしてあやまちをしでかした連中なんだが、それもロゼットの罠にかかったか、嗅ぎつけられて弱身を握られたかだ。
新訳:p121 〇
だけど、彼女たちはみんな過去になんらかの過ちをしでかしたか、そうでなければ、ロゼットが裏で糸を引いて過ちをしでかすように仕向けたかで、その秘密をロゼットに握られてるんだ。
意見:
旧訳の「弱身」は誤植。
新訳は丁寧に訳している。

原文:p248
William sat high up on the driver’s seat with the driver beside him.
旧訳:p107 〇
ウィリアムは高い御者台に御者と並んで坐った。
新訳:p123 〇
ウィリアムは一段高い御者台に乗り、御者の隣に坐った。
意見:
同じようなものだが、これも新訳は丁寧。
坐る⇒高い位置に⇒御者台に。
「背筋をすくっと伸ばして座る」ともとれるかと思ったが、副詞のhighは「高い場所に」「地位・評価が高く」「費用が高く」「程度が激しく」で、「すくっと」に類する意味はなさそうだ。sit up on the driver’s seatなら「御者席に背筋を伸ばして座る」になる。

原文:p257
‘It is nothing,’ the Stag said. ‘You are required to write your name and your telephone number on this piece of paper. It is for my friends in the squadron. It is so that they can be as happy as I am now, but without the same trouble beforehand.’
旧訳:p121 〇
「みなさんの名前と電話番号をこの紙に書いていただきたい。中隊の仲間たちのためです。そうすれば、連中も先程のようなめんどうなしにわたしと同じ楽しみを味わえるというわけです」
新訳:p141 〇
「きみたちの名前と電話番号をこの紙に書いてほしい。おれの中隊の友人たちのために。連中も今のおれと同じぐらい愉しめるように。でも、その前のトラブルはなしで
意見:
前から読んでゆけば旧訳のような意味になるのは分かるからよいが、ここ新訳は他と違って丁寧でないのはどうしてか。

原文:p258
The Stag sat back in his seat and then he felt an arm pushing up and under and linking with his.
旧訳:p124 〇
スタッグがシートに腰をおろすと、一本の腕がのびてきて、彼の腕にからんだ
新訳:p145 〇
スタッグは坐席の背にもたれた。すると、誰かの腕が持ち上げられ、また下げられたかと思ったときには、その腕が彼の腕にからまっていた。 
意見:
新訳はバカ丁寧だが、どんな風にしているのかよく分からない。「押しつけてきて、下にくぐり、絡まる」ということではないか。upは「上に」でなく強調、underは「下側に」ととりたい。

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