2020年11月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。
旧訳が田村隆一、新訳が田口俊樹による『あなたに似た人』。いづれも早川書房刊。

『ホーディー氏』MR HODDY
ホーディ氏は食料品店の店員を実直に勤め上げてきた初老の男。娘クラーリスの恋人のクロウドが尋ねて来て、新しい仕事を始めたいと言う。その仕事が何なのかを執拗に聞かれ、クロウドは嘘をつく(実はドッグレースで八百長を仕掛ける予定なのだが)。ウジ虫を大量に培養するつもりだと。それがやがて巨大な「ウジ虫製造会社」になって、クラーリスにいい生活をさせることができると夢を語る。ホーディー氏は不快そうにクロウドの話を途中で遮り、クロウドはすごすご退出することになる。


原文:p628
The usual stuff. Jobs and things like that. And whether you can support me in a fitting way.
旧訳:p430 △
きまりきったことよ、仕事とかなんとか、そんなことだわ。それから、あなたに、ちゃんとあたしが養えるかってこと
新訳:p172 △
それは普通のことだけど。仕事とかそんなこと。あなたがちゃんとしたやり方でわたしを養えるかどうか。
意見:
両方とも間違ってはいないが…。父親が私の許婚の貴方に訊いてくるのはthe usual stuffだが、今回はsharpそうだ、という流れ。⇒いつものこと


原文:p629
But a very superior man was Mr Hoddy, a grocer’s assistant, one who wore a spotless white gown at his work, who handled large quantities of such precious commodities as butter and sugar, who was deferred to, even smiled at by every housewife in the village.
旧訳:p431 △
ともあれ、ホディ氏は、非常に秀れた人だった
新訳:p173 △
それでもきわめてすぐれた人物だった、ミスター・ホディというのは。
意見:
ここ語順逆転している所から見ても、皮肉だろう。
「とはいえなかなかの人物だった、ホディ氏というのは」ぐらいでどうか。


原文:p630
He wished Mr Hoddy wouldn’t push him around like this, always shooting questions at him and glaring at him and acting just exactly like he was the bloody adjutant or something.
旧訳:p433 ?
ああ、ホディさんが、こんなふうにぎゅうぎゅう油をしぼってぼくを質問ぜめにし、まるで血も涙もない副官かなんかみたいににらみつけたりしてくれなきゃいいのにと、クロウドは思わずにはいられなかった。
新訳:p175 ?
彼としてはミスター・ボディにこんなふうに追及されたくなかった。ミスター・ホディはいつも矢継ぎ早に質問を浴びせ、睨み、くそいまいましい先任将校か何かのような態度で接してくる
意見:
shooting、glaring、actingと分詞構文が並列されてる。
それぞれ簡略化した文にすると、
Mr Hoddy pushes him around like this, and shoots questions at him.
Mr Hoddy pushes him around like this, and glares at him.
Mr Hoddy pushes him around like this, and acts just exactly like he is the bloody adjutant or something.
him とheは、いずれもクロウドを指すのではないか。
①代名詞の位置の高さゆえ。
三文においてheはhimとほぼ同じ位置にある。
②意味の上から。
「副官」や「先任将校」が出てくる必然性がない。
⇒直訳)こっちが愚図な助手か何かでまさにあるかのように行動する
意訳)自分のことをバカな小僧か何かのように扱う(なんてやめてほしい)
これ、不確か。正しい読み解き方、ご存じの方おられたら、ご教示ください。


原文:p630
Now please, Mr Hoddy. You don’t for one moment think we’d even so much as consider anything that wasn’t absolutely and entirely respectable, do you?
旧訳:p433 〇
ねえ、どうかホディさん。まさか、あなた、やくざな仕事を、懸命になってぼくたちが考えているなんて、お考えになってるわけじゃないでしょう、ね?
新訳:p176 〇
お願いしますよ、ミスター・ホディ、おれたちが全面的にはまともとは言えないような仕事を考えてるなんて、まさかそんなことは一瞬だって思ってないですよね?
意見:
粗野な人物の発話で、正しい言い方ではないようだ。以下のような感じだろうか。
not for one moment: =never
even:強調で「まさか」
so much as consider:強調「考えたりして」
私も新旧訳のようにするだろう。


原文:p630
‘I’ve never been in favour of starting a business,’ Mr Hoddy pronounced, defending his own failure in that line.
旧訳:p443 ×
「事業をはじめるってことが、わたしは、どうも好きになれんのだよ」とホディ氏は、自分の事業の失敗を弁護するような口ぶりで、そう言った。
新訳:p176 ×
「私は事業を始めること自体よく思ったことがない」とミスター・ホディはきっぱりと言った。もっとも、そのことばには過去の失敗に対する自己弁護も含まれていたが。
意見:
前後の文からは、ホディ氏が事業をやっていたようには見受けられない。何十年も実直に地元スーパーの店員を勤め上げてきたのだ。
failureは「しないこと」(怠慢、不履行)「できないこと」(失敗、不首尾)の二つの意味がある。ここは前者だろう。in that lineは「その方面での」。
直訳)その方面での自身の怠慢の弁護(で)
意訳) 自分では事業をやらなかったことを正当化すべく


原文:p633
You go along the river there anywhere you like above Marlow on a Sunday and you’ll see them lining the banks.
旧訳:p439 △
日曜日、どこでもいい、マーロウの上あたりの河岸へいけば、連中が洲に並んでいるのがわかりますよ。
新訳:p182 〇
日曜日に川へ、マーロウより上流ならどこでも好きなところに行ってみてください。川岸にずらりと釣り人が並んでいるのが見られますから。
意見:
Marlowはテームズ川ぞいの町。旧訳は分かりにくい。

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