2020年10月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。
旧訳が田村隆一、新訳が田口俊樹による『あなたに似た人』。いづれも早川書房刊。

『ラミンズ』Rummins
ラミンズはせこい農場主。自分の干し草の山にネズミがいると言われ、その山を一度解体し別の場所に移すことにした。息子のバートが指示に従って、わら山の一束を鋸引く。するとポロリと落ちた藁の塊の断面にのぞいたものは何と…。


原文:p620
There would never be another dog like this Jackie, he told himself.
旧訳:p412 〇
ジャッキイみたいな犬は、ほかにいやしないさ、と彼は自分に言いきかせるのだった
新訳:p153 △
こんなジャッキーみたいな犬はほかには絶対にいない、と彼は自分につぶやいた
意見:
この訳者のくせなのだろうが、「自分につぶやく」という日本語は不自然。


原文:p620
Beautiful the long neck, the way the deep brisket curved back and up out of sight into no stomach at all.
旧訳:p413 〇
美しく、すんなりとした首、深い胸肉は曲線をえがいてきれこみ、腹のでっぱりなど、ぜんぜん影もありはしない。
新訳:p153 〇
長い首も美しい。深くカーブした胸部が腹部に向かって切れ込んでいる。
意見:
新旧訳とも、意をとらえ上手に訳している。


原文:p620
In the distance, Claud could see Rummins’ farmhouse, small, narrow, and ancient, standing back behind the hedge on the right-hand side.
旧訳:p413 〇
しばらくすると、クロウドには、ラミンズの農家が見えてきた。ちいさなせまい古びた家で、右手の籬のうしろに建てられている。
新訳:p153 △
遠くにラミンズの農場の母屋が見えた。小さくて狭くて古色蒼然たる家だ。
意見:
コロケーシュンが悪い。「古色蒼然」と「家」は共起しない。


原文:p620
I wouldn’t mind betting a couple of quid you’re having it off with him somewhere secret soon.
旧訳:p414 〇
きみがこいつをね、どこか秘密のところで、もうすぐ競争にだすってことに、二ポンドかけたっていいぜ
新訳:p154 △
数ポンド賭けてもいいな。おまえさんがもうじきその犬とどこか秘密の場所にしけ込んじまうほうに
意見:
I wouldn’t mind doingはイディオムで「…したいのですが」。hve it off with Nはイディオムで(1)…と性交する (2)(犯罪など)をうまくやってのける (3)盗みを働く、とありやっかい。旧訳は(2)、新訳は(1)ととっている。粗野な農夫のことばであることから(1)も否めないが、このシリーズの後半で、非公認のドッグレースがでてくることからすると、(2)がベター。とはいえ旧訳はもうちょっと上手に訳してほしい。修正訳「でもよ、アンタじきに、ヤミのレースにそいつを出そうってわけだろ。賭けてもいいぜ」。


原文:p622
‘No one’s potting no rats alongside of me, don’t matter how good they are.
旧訳:p418 ×
おれのそばにねずみなんかいないのに、撃てるわけがないじゃないか、どんな名手にしたところでだ
新訳:p159 △
おれのそばじゃ誰もネズミを撃ったりしない。どんなに腕がよくてもな
意見:
粗野な言葉で、否定が重なっているが、肯定に転じるのではなく否定の強調ととりたい。
ここの進行形は「予定」でなく「命令」。
修正訳「誰だろうとオレ様のすぐ傍でネズミを撃つなんざさせねえ、どんなに腕がよくてもよ


原文:p623
The alarm had been given now and the rats were coming out quicker, one or two of them every minute, …
旧訳:p419 △
おどろいたことには、ねずみはちょろちょろと、毎分二、三匹のわりあいでとびだして来た。
新訳:p159 △
ネズミたちのあいだで警報が発せられたのだろう、出てくる頻度がどんどん加速し、今では一分に一、二匹の割合で出てきていた。
意見:
このevery minuteは比喩的「ちょっとの間に一、二匹づつ」とるのがいいだろう。


原文:p623
Some of them haymakers is too bloody careless what they put on a rick these days.’
旧訳:p420 ×
乾草づくりの人足が、山にするときに、ひどいヘマをやりやがったんだ
新訳:p161 △
干し草をつくるのに、近頃のうっかり野郎は中に何がはいってても気づかない
意見:
これも文法を無視した粗野なことば。理解は新訳でよいだろうが、方向が逆ではないか。「干し草を作る際に、いちいち確かめずドンドコ草の束を放り込んでしまう。それで、ゴミとか木とかなにか違うものを混じらせてしまう」ということだろう。修正訳「ワラ山を作るのにどいつも干し草をよく確かめずに放り投げるから、困ったもんだ」。

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