2020年5月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。
旧訳が田村隆一、新訳が田口俊樹による『あなたに似た人』。いづれも早川書房刊。

『首』Neck
タートン卿の屋敷に出かけたコラムニストの私。令夫人ナタリアはいけ好かないが、卿とは気が合った。二人して広大な庭園を散歩するうち、彼方にゲストのハドック少佐とじゃれ合う令夫人の姿が目に入った。あろうことか接吻まで交わしている。そのうちふざけて野外彫刻に突っ込んだ令夫人の首が抜けなくなった。斧と鋸を執事に持ってこさせた卿は、斧を選び振りかざそうとするが、ふとその手を休め鋸に代えた。恐怖が安堵に変わる令夫人の表情をしり目に、ニヤッと微笑みをみせる卿の顔を私は見逃さなかった。

新訳はよくできている。
間違いではないが、気になった個所をいくつか挙げる。

原文:p545
Then, round about the beginning of August, apparently at some secret female signal, the girls declared a sort of truce among themselves while they went abrord, and rested, and regrouped, and made fresh plans for the winter kill.
旧訳:p248 〇
八月がおとずれるころになると、おたがい同士はっきり通じ合う、あのひめやかなサインをかわして、ご婦人方は、自分たちが外国へ行き、ひと休みし、また集まりあってあらたに冬の作戦準備をねりなおすまで、休戦にしましょうねと宣言したものである。
新訳:p268 △
それが八月初旬になると、どうやら女同士の秘密のサインが交わされたらしく、女性たちは互いに休戦協定をした。自分たちが外国に行って休暇を愉しみ、陣営を立て直し、冬枯れで死んだ動物の腐肉漁りに向けて新たな作戦を練り直すあいだは、お互いひとまず矛を収めようというわけだ。
コメント:
新訳は、winter killを「冬枯れ」、theがついて具体化され「冬枯れで死んだ動物」ととったのだろうが、それはwinterkillと一綴りの場合の意味。ここは二語に分かれており、killは具体的には「獲物」、行為としては「仕留めること」のどちらか。winterは名詞が形容詞化されていて、意味が広く、「冬に存在する」「冬用の」「冬に向けての」など。
訳は「冬の獲物」「冬に向けての狩り」が順当なところ。旧訳の「冬の作戦準備」でもよいだろう。
「Augustの終わりに鳩首して散っていた女たち」(本文の前の叙述)が何で冬に獲物を狙うのだ、と疑問の向きもあろうか。英国ではAugust(8月)は秋、5、6、7月が夏。シェークスピア作A Midsummer Night’s Dream夏至のころの芝居なのを思い返していただきたい。女たちに狙われている独身貴族タートン卿は、夏までに得られなかった次の季節、冬の獲物なのである。

原文:p550 
After all, sir, seeing that I don’t even know if you are a good player, what I’m actually doing, not meaning to be personal, is backing a horse and I’ve never even seen it run.
旧訳:p258  〇
よござんすか、旦那さま、手前は、あなたさまがゲームに強いかどうかってことさえ、知らないんでございますよ。
新訳:p279  〇
つまるところ、わたくしはあなたさまが上手なカードプレイヤーかどうかさえわからないわけでして、そのことを考えると、どうか気を悪くなさらないでほしいのですが、わたくしが実際していることは、走るところを見たこともない馬に賭けようとしているようなものなのですから。
コメント:
personalを「個人的な」「私事の」としては意味が通じない。「個人攻撃の」(ジーニアス)「(軽蔑的に)個人に向けられた」(ランダムハウス)を採る。「自分(執事)がやろうとしているのは、not meaning to be personal、走るのを見たこともない馬(今相談を持ち掛けているゲスト)に賭けるわけですからね」。相手を馬に例えたり、技術が下手かもわからない、と失礼なことを自分が言っているのではないのだと、英字部分のことば(「貴方を腐そうとしているのでなく」)を挿入しているのだ。
易しい単語ほど意味が広いのに注意。さらにコンテクストから適語を選ぶのが肝要。
新旧訳ともpersonalを正しく捉えているのに感心。

原文:p551
I knew this man slightly. He was a director of companies (whatever that may mean), and a well-known member of society.
旧訳:p261 △
この男のことは、私も少々知っていた。彼はいくつかの会社の重役(それがどんな会社であれ)であり、社交界では顔ききのメンバーだった。
新訳:p282 △
この男のことはいくらか知っていた。複数の会社の重役をしていて(それが何を意味するにしろ)社交界では名の知れた人物だった。
コメント:
新旧訳とも、意味深長に感じられる。「怪しげなことをやっているのかな?」と読者に思わせてしまう。
だが、以後companiesについては一切言及がない。thatはa director of companiesともcompaniesともとれる。companies複数をthatが受けられるのかと思う人もいようが、抽象的な存在と理解していれば可である。私は、流れからcompaniesを採りたいが。このwhateverはmay(語調の緩和)と合わさり、いわば無関心を示す「どんな会社だかしらないけど…」といった感じ。


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