2019年10月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。
旧訳が田村隆一、新訳が田口俊樹による『あなたに似た人』。いづれも早川書房刊。

2019年10月号
『わがいとしき妻よ、わが鳩よ』
ボーシャン夫妻は、トランプの強豪、若いスネイプ夫妻を家に招いた。ブリッジの賭けを楽しもうというのだ。ボーシャンの妻は、若い夫婦の私生活に興味をもって、ゲストの寝室に隠しカメラを設置するよう夫に強要する。ゲームが終って、スネイプ夫妻の会話を盗聴し始めたボーシャン夫妻は仰天した。二人がトランプに強いのも当たり前、秘密の合図で互いに持ち札を知らせ合っていたのだ。

今回は新訳がとてもよくできている。
旧訳は細かい所で瑕疵が多く、いちいち指摘するのが面倒なほどだ。また意味は間違っていなくとも、新訳の方がわかりやすい箇所も多い。例えば。
原文:p486
So I got up quietly and went out to the workshop and collected a mike and a hundred and fifty feet of wire. Now that I was away from her, I am ashamed to admit that I began to feel a bit of excitement myself, a tiny warm prickling sensation under the skin, near the tips of my fingers. It was nothing much, mind you ― really nothing at all. Good heavens, I experience the same thing every morning of my life when I open the paper to check the closing prices on two or three of my wife’s larger stockholdings. So I wasn’t going to get carried away by a silly joke like this. At the same time, I couldn’t help being amused.
旧訳:p111
で、私はそっと椅子から立ち上がると、仕事場へ出ていって、マイクと、百五十フィートの電線をあつめてきた。妻からはなれたので告白するが、じつは、おはずかしい次第だけど、この私自身、こう、なんとなくゾクゾクしはじめたのだ。皮膚の下、指先の近くに、なにかうずくような、あのジィーンと突刺すような熱っぽい痛みをかすかに感じたのだ。なに、それだけのことなんだ――いやほんとに。正直なところ、妻が比較的多く持っている二、三の株の、前日の終り値を調べるために、毎日、私が新聞をひらくときの、あのゾクゾクする感じとそっくりなのだ。だから、なにも、こんなとるにたりないいたずらで、おのれを忘れるほどのこともなかったが、また同時に、これが面白いというのもやむをえないじゃありませんか。
新訳:p120
私は黙って腰を上げ、作業部屋へマイクと百五十フィートのリード線を取りにいった。正直なところ、妻から離れると、恥ずかしながら少しわくわくしてきた。ほんのわずかにしろ、指先の皮膚の下から温かい針でチクチクと突かれているような感覚があった。いや、言っておくが、別に大したことではない。ほんとうになんでもないことだ。いや、ほんとうに。これと同じ感覚は、妻がけっこうたくさん持っている二、三の株の終値を確認するために、毎朝、新聞を開くときも味わっている。だから、このようなくだらないいたずらにわれを忘れるなどありえない。とはいえ、わくわくしている自分を抑えられないでいるのも事実だったが。

旧訳は下手な下訳を下手に書き直したといった感じだ。

それでここでは、旧訳の間違いを新訳が上手に直している箇所を三つばかり挙げる。
原文:p488
But first, to compose myself, and so that I would not have to appear in front of them with the blood, as it were, still wet on my hands, I spent five minutes in the library with my collection.
旧訳:p113
しかし、まず気分を落ちつかせるために、つまり、罪の匂いを体につけたまま、客の前にあらわれたくなかったし、それに、手がまだぬれていたものだから、私は、書斎で五分ばかり、自分のコレクションをいじっていた。
新訳:p123
さらに客と会う準備を整えた。まずは心を落ち着かせる必要があった。それに、悪事に手を血で染め、言うなれば、その血がまだ乾かないうちに客のまえに出ることもなかろうと思い、五分ほど書斎で自分のコレクションと過ごした。
批評:
旧訳の「手がまだぬれていた」では、風呂から上がったばかりで手が乾いていないと読めてしまう。the blood以下を一文にすると、The blood, (as it were), is still wet on my hands.(自分の手の表面で血《汚らわしい行為のこと》がまだ濡れている)。

原文:p481
The Genera of Diurnal Lepidoptera
旧訳:p99
『昼間鱗翅類の種類』
新訳:p107
『昼行性鱗翅目の分類』
批評:
主人公は学者なのである。専門用語は正しく訳さねばならない。新訳は他のいくつかの専門語が出てくる箇所(トランプのルールも含め)、丹念に調べている。例:my lovely hybrid lupins 「美しい異種間交配種のルピナス」。

原文:p491
She had a reputation, when she went hunting ― I never go myself ― always being right up with the hounds whatever the cost to herself or her horse for fear that she might miss a kill.
旧訳:p121
とにかく、彼女が狩りに行ったときでも――私は絶対に一人では行かないがね――自分や馬がどんな危い目にあおうとおかまいなしに、獲物をのがすまいと、猟犬のあとにくっついて駆けまわるので有名だ。
新訳:p131
狩りに出るときでも――私自身は決して行かない――獲物が猟犬に仕留められるところを見逃したくない一心で、わが身も自分の馬の危険も省みず、決して猟犬に遅れを取らないことで有名だった。
批評:
myselfはIを強調している副詞用法(I myself《この私自身は》なら名詞用法:意味は変わらない)。「一人では」ならby myselfとでもなろう。

これでこそ新訳の意味があるというもの。

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