2019年5月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。

『ほしぶどう作戦』 The Champion of the World
クロードとゴードンはガソリンスタンドの共同経営者。ヘイゼル氏が所有する森で密猟をすることに決めた。ヘイゼルは成金で、上流階級に入り込むための手段として、年に一度、自分の森で、雉の狩猟会を催している。その前に、ほしぶどうを使った新式の狩猟法でごっそり雉をせしめ、ヘイゼルの鼻を明かしてやろうというわけだ。ことは予定通り進んだはずだったが、思わぬ計算違いが生じた。ほしぶどうに注入した催眠薬の量が少なく、仮死状態になっていたはずの雉が隠していたところから大量に飛び出し、二人の目論見は泡と消える。


原文:p173
‘You got the raisins?’ Claud asked.
‘They’re in my pocket.’
‘Good,’ he said. ‘Marvelous.’
旧訳:p271
「ほしぶどうを持ってきたか?」とクロードが訊いた。
「おれのポケットに入ってるよ」
「よかった」と彼はいった。「上出来だ
新訳:p341
「レーズンは持ってきたよね?」とクロードが訊いてきた。
「ポケットにはいってる」
「よし」と彼は言った。「すばらしい
批評:
普通には「すばらしい」の意味だが、単独で使われると、単なる相槌に近い(なるほど、そうだね、いいぞ)。ここも弱く訳した方がよいだろう。例えば「結構だ」。Beautiful、Fine、Great、Splendidなども同様。


原文:p174
… , I would find myself wondering exactly what he was going to do, what wily tricks he was going to practice all alone up there under the trees in the dead of night.
旧訳:p272
…、いったいやつはなにをするつもりなんだろう、いったい丑満時の森のなかで、どんな計略を使うんだろう、などと私がいつのまにか考えていることがあった。
新訳:p344
クロードはいったい何をしてるんだろうかとか、真夜中に森の中にひとりではいってどんなずる賢い手を使ってるんだろうかとか。
批評:
キジ猟に何か怪しげな仕掛けを使い何かしようとしているらしい、と相棒をいぶかる主人公。
旧訳「計略」はもっと漠然としたもので、ピンとこない。
新訳「ずる賢い手を使ってる」。具体的に現在の行為ととった訳で、間違いではない。
だが、前後の文脈から、これからやろう (約1か月後に迫った成金ヘイゼル氏の狩猟会をめちゃめちゃにする) とすることのために、「何をしようとしているのだろう」、「どんな巧妙なたくらみを仕掛けようとしているのだろう」としたほうが説得性がある。原文がbe going toとなっているのもそれを支援する。


原文:p180
I had heard it said that the cost of rearing and keeping each pheasant up to the time when it was ready to be shot was well over five pounds (which is approximately the price of two hundred loaves of bread).
旧訳:p281
噂に聞いたところでは、なんでも一羽の雉子が撃ちごろになるまで飼育する費用は、ゆうに五ポンドを越えるそうだ(これは、ほぼ二百個のパンの値段である)。
新訳:p356
私が聞いたところでは、撃たれる瞬間までのキジ一羽の飼育費用は、優に五ポンドを超えるそうだ(ほぼパン二百斤の値段)。
批評:
ここ、二つの訳とも違っているわけではないし、私も同じように訳すだろう。
だがよく読むと疑問が生じるはずだ。近年の1ポンド=約150円。5ポンドだと約750円。
750円で買えるパンは精々3斤か4斤だが…、と思って調べた。
作品が書かれたのは第2次大戦のすぐ後。当時のポンドの価値は極めて高かった。かつイギリスでのパンの1斤は日本の3斤分ぐらい。現在日本のパン1斤が200円として、イギリス1斤換算では3斤。その200斤は日本では600斤。600斤×200円=120000円。120000円÷5ポンド=24000円。というわけで、当時の1ポンドは24000円相当だったことになる。


原文:p183
They are like women who sight large emeralds in a jeweler’s window, the only difference being that the women are less dignified in the methods they employ later on to acquire the loot.
旧訳:p285
…、ただちがうところは、女のほうがあとで獲物を手に入れる方法に気品がない点である。密猟者の尻は、女性が嬉々として耐える罰とはくらべものにならないのだ。
新訳:p361
獲物をせしめるために女が喜んで耐える苦痛に比べたら、密猟者が尻に受ける苦痛など物の数にもはいらない。
批評:
旧訳はわかりにくい。新訳はコロケーションが悪い。「物の数にもはいらない」は優等なもの(例えば、何かの喜び)に比べた表現で、ここのように劣等(苦痛)なものに対しては使わないのが普通。また皮肉がうまく伝わらない。
意訳して(全体)「密猟者が獲物を見つけたときの目の輝きは、女性がショーウインドーに宝石を見た時のものと同じだ。ただちょっと違うのは、それを獲得するのに用いる手段が女性ほどはしたなくないということだ」

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