2019年3月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。

『暴君エドワード』
 ルイザとエドワードは初老の夫婦。あるとき庭仕事をしていて、見慣れぬネコに出会う。ネコを家に入れたまま、ルイザがピアノの稽古をしていると、ネコは曲によって異常な反応を示す。またあろうことか、ネコの顔には大作曲家リストと同じ位置にホクロがある。ルイザはこのネコがリストの生まれ変わりに違いないと思い込むが、エドワードはこの話に取り合わない。ルイザがネコいやリストのために晩餐を用意している間、エドワードはネコを伴って庭に出ていたようだ。肝心のリストはどこに行ったのか、問い詰めるルイザがエドワードの腕に眼をやると、手首に一条の鋭い傷がある。あなた、まさか…、と逆上しそうになるルイザ。

開高健の旧訳では、誤訳が27か所、悪訳が20か所、訳ヌケが1か所と、散々なものだった。田口俊樹の新訳に誤訳はない。悪訳もない、とオマケしてあげたいところだが、少々気になる箇所もあり、読者の勉学に裨益するよう、ねちねち見てゆく。


原文:p137
It was blazing fiercely, with orange flames and clouds of milky smoke, and the smoke was drifting back over the garden with a wonderful scent of autumn and burning leaves.
旧訳:p215 △
煙は秋のすばらしい香りを放ちながら、庭園いっぱいに漂い、木の葉をこがしている
新訳:p271 〇
煙は庭のほうに流れ、燃える枯れ葉の秋らしいなんともいい香りを漂わせていた。
批評:
with以下の並列は、autumnとburning leavesととるのがよいだろう。訳は、掛かり方を変え日本語らしくして構わない。だが旧訳だと「木の葉」に焦点がいって、訳し過ぎのような気がする。


原文:p138
During lunch, it hopped up on to the spare chair between them and sat through the meal with its head just above the level of the table watching the proceedings with those dark-yellow eyes which kept moving slowly from the woman to the man and back again.
旧訳:p217 △
昼食になると、ネコは二人の間にある椅子の上にとびあがり、ちょうど、テーブルの高さぐらいに顔をあげて、食物の方へむかい、暗黄色の眼をそろりそろりと、妻から良人、また、良人から妻へと向けながら、食事の一部始終を見守っていた。
新訳:p273 △
猫はふたりのあいだの空いている椅子に飛び乗って、食事のあいだじゅうそこに坐り、テーブルの上に顔だけ出して、その暗い黄色の眼で食事の様子をじっと見ていた。
批評:
旧訳「暗黄色」という言い方はないのでないか。新訳は和語に読みほどいているが、darkを「暗い」とすると気分的な意味にとれてしまいそう。「くすんだ黄色の眼」ぐらいでどうだろう。


原文:p139
She was a competent pianist and a genuine music-lover, and almost every afternoon she spent an hour or so playing for herself.
旧訳:p217 △
彼女は相当な腕前のピアニストであり、天性の音楽愛好家で、たいてい午後になると、一時間ぐらいはピアノにむかうことにしている。
新訳:p274 〇
彼女のピアノの腕前はなかなかのもので、彼女は心から音楽を愛していた。
批評:
competentは意味範囲が広い。a highly competent surgeonなら「腕のいい外科医」で技術が優れたプロを意味するが、an infinitely competent mother of treeなら「三人の肝っ玉母さん」で子供の扱いがうまいということになる。
pianistは職業にもその行為をする人にも用いられるからやっかい。旧訳だと、後にその説明がありそうと期待させるが、一切出てこない。次のa genuine music-loverとの整合性からも新訳がよいのではないか。


原文:p139 
The Bach adaptation for organ of the D minor Concerto Grosso.
旧訳:p219 ×
バッハの曲を編曲したオルガンのためのニ短調コンチェルト・グロッソ
新訳:p275 〇
バッハがオルガン用に編曲した、ヴィヴァルディの合奏協奏曲ニ短調(コンチェルト・グロッソ)
批評:
旧訳は明らかな間違い。新訳でよいのだろうが、子供のころよく聴いていたNHK「朝の名曲」風に記せば「バッハ編曲、オルガンのための協奏曲、二短調グロッソ」となるか。


原文:p140
Then perhaps a little Schumann.
旧訳:p219 〇
そのつぎはたぶんシューマンの小曲
新訳:p275 △
その次は可愛らしいシューマンがいいかもしれない
批評:
littleも意味が広いが、ここでは大曲に対する小曲、ととったほうがよいのではないか。


原文:p140
The second one―that was the lovelist, ― the E major.
旧訳:p219 △
それも二番目―これがいちばんすばらしいから―のホ長調。
新訳:p275 △
二番目の曲―あれが一番素敵だもの―ホ長調。
批評:
「二番目」でなく「二番」「第二番」とするのが普通だろう。


原文:p140
She wasn’t, at that particular moment, watching the cat at all―as a matter of fact she had forgotten its presence―but as the first deep notes of the Vivaldi sounded softly in the room, she became aware, out of the corner of one eye, of sudden flurry, a flash of movement on the sofa to her right.
旧訳:p219 〇
彼女は、そのときにかぎって、ネコをぜんぜん見ていなかった―
新訳:p276 △
その特別な瞬間には猫をまったく見ていなかった。
批評:
particularはその前に指示代名詞this、thatがきて「まさにその」の意味になる。「特別な」では、どう特別なのかが問われてしまう。


原文:p140
No, she told herself.
旧訳:p219 × 〇
きっとそうなんだわ、と彼女はひとりごちた。そんなところだわと思った。
新訳:p277 〇 △
いいえ、ちがう、と彼女は自分につぶやいた
批評:
Noは、この前にある自分の考えに対する否定。tell oneselfは「(心の中で)自分に言い聞かせる」。「自分につぶやく」と言う言い方は普通しないだろう。新訳の訳者はこの表現が好きなようで、他の作品の訳にもみられるが、直した方がよいと思う。


原文:p140
But as the music swelled and quickened into that first exciting rhythm of the introduction to the fugue, a strange look that mounted almost to ecstasy began to settle upon the creature’s face.
旧訳:p221 ×
それから、曲がゆるやかな、至福にみちたところまでくると、ネコは例の奇妙な、うっとりした恍惚の表情になった。
新訳:p277 〇
しかし、音楽が盛り上がり、速度を速めてフーガの序奏へと移るときのあの最初の胸躍るリズムに差しかかると、猫の顔に恍惚と言ってもいいほどの奇妙な表情が浮かんだ。
批評:
旧訳は語法分析をおろそかに誤魔化した感じで、よろしくない。


原文:p141
Louisa finished the fugue, then played the siciliana, and all the way through she kept watching the cat on the sofa.
旧訳:p220 △
ルイザは、フーガが終ると、次はシチリアナに移り、その間もソファのネコから眼をはなさなかった。
新訳:p278 △
ルイーザはフーガを終えるとシチリアーナにはいり、その間もずっとソファの上の猫から眼を離さなかった。
批評:
両訳とも読者に不親切。sicilianaは、シチリア風の6/8拍子のリズムのことで、牧歌風ののんびりした感じのもの。説明訳にして「ゆったりしたシチリア風のリズム」ではどうか。


原文:p142
She was beginning to enjoy this odd animal pantomime, so she went straight on into the next item on the programme, Schumann’s Kinderscenen.
旧訳:p222 △
彼女は、この奇妙な動物のパントマイムがおもしろくなってきたので、プログラムの次の曲目、シューマンの『子供の情景』にすぐかかった。
新訳:p281 △
気づくと、彼女はこの動物の不思議なパントマイムを愉しんでいた。
批評:
「パントマイム」では黙劇みたいだ。「仕草」「動作」でよいのではないか。


原文:p143
He sat down in an armchair, took a cigarette from a box beside him, and lit it with an immense patent lighter that stood near the box.
旧訳:p224 〇
彼は安楽椅子に腰をかけると、横のケースから煙草をとり、ケースの近くにあったばかでかい変り型のライターで火をつけた。
新訳:p283 △
彼は肘掛け椅子に腰をおろすと、そばにあった箱から煙草を一本取り出し、その箱の近くに立ててあった、馬鹿でかい特許品のライターで火をつけた。
批評:
patentは多義。読者が奇異に感じない意味を充てるのがよい「大きなエナメル革ライター」でどうか。


原文:p146
With that, he turned and stalked out of the room, through the french windows, back into the garden.
旧訳:p228 〇
そういいすてて、彼は背中をむけると、フランス窓から部屋を出て、庭にもどっていった。
新訳:p289 〇
フランス戸を抜けて庭に戻った。
批評:
これ「観音開き」の扉のこと。だが「観音開き」では東洋っぽくなってしまう。「フランス窓」とする辞書もあるが、跨がねばならないのかと思ってしまう。「フランス扉」でどうだろう。


原文:p147
The volume was thin and a trifle soiled, but it had a good heavy feel to it, and the author’s name had an authoritative ring.
旧訳:p229 〇
その書物はうすくて、ちょっと汚れていたが、どっしりした感じの本で、作者の名前にも権威のありそうなひびきがあった。
新訳:p290 △
その本は薄くて、少し汚れていたが、ほどよい重みが感じられ、著者の名前には権威を思わせる響きがあった。
批評:
このgoodは語調を整えるだけで意味はない。新訳の「ほどよい」はそこに意味を感じてしまう。heavyは、ここでは物量でなく気分を映したものだろう。「重厚な感じの本」で如何か。


原文:p145
Around the centre of consciousness of each of us, there are, besides the dense outer body, four other bodies, invisible to the eye of flesh, but perfectly visible to people whose faculties of perception of superphysical things have undergone the requisite development …
旧訳:p229 △
吾人の意識の中心には、濃密な外側の肉体のほかに、肉体の眼には見えないが、超物理的なものの知覚能力が必要な発展を経る人間には完全に見える肉体が四体もあるのである。
新訳:p290 △
人間ひとりひとりの意識の中心を取り巻くように、外側の高密度の肉体以外に人間には四つの体が存在するわけだが、それらは生身の人間の眼には見えない。
批評:
denseは「身の詰った」、outerは「物質の、身体の、主体の」。bodyと併せ我々の肉体のことを言っている「身の詰った肉体以外に」。ともに誤訳臭い。


原文:p147
The bourgeoisie
旧訳:p230 〇
中産階級
新訳:p291 △
有産階級(ブルジョアジー)
批評:
The bourgeoisie、The upper-middle classes、The highest class of gentleman farmersと原文は続く。旧訳は「中産階級」「上流階級」と上がっているからよいが、新訳「有産階級」「上流中産階級」だと下がってしまうように感じられる。bourgeoisieも意味が広いが、ここでは「市民階級」を指すと考えた方がよいだろう。


原文:p147
Red jackets and stirrup cups and the bloody, sadistic murder of the fox.
旧訳:p230 △
赤いジャケットと馬上の別盃と血なまぐさいサディスティックな狐殺しが、である。
新訳:p292 △
赤い上着を着て、馬で出立する人に別れの杯を勧め、血なまぐさいサディスティックなキツネ狩りをする連中なんかが。
批評:
確かにどの辞書を引いても、新訳が示したような意味が出ている。だがそれだと思わせぶりで、説明が欲しくなってしまう。ここは貴族趣味の一例ととり、軽い訳語を充てた方がよいだろう。「馬上杯を酌み交わし」。


原文:p149
I refuse to get hysterical about it, that’s all.
旧訳:p232 △
おれは、そんな問題でぜったいにヒステリックになるまいと思っているだけさ。
新訳:p295 △
こんなことで私はヒステリックになるつもりはない。
批評:
日本語の「ヒステリー」は病的なものを思わせる。ここは「理性を失う」の意味。弱めて訳すのがよいだろう「騒ぎ立てようとは思わない」「いらだったりしない」「分別をなくしはしない」。

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