2018年7月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。

PARSON’S PLEASURE
(ストーリー)
古物商のボギスは毎週日曜、牧師の衣装に身を包み、掘り出し物の骨董を探しに、田舎の旧家を訪ね歩く。ある農家に入ると、とんでもないお宝「チッペンデールの衣裳ダンス」が見つかった。安く買い叩くのが習い性になっているボギスは、難癖をつけ、脚だけが欲しい躯体は要らない、と言う。心変わりを恐れた主は、ボギスが車を取りに戻っている間に躯体をバラバラに壊してしまう。

原文p50
(He was well aware of his gift, using it shamelessly on every possible occasion;) and often, at the end of an unusually good performance, it was as much as he could do to prevent himself from turning aside and taking a bow or two as the thundering applause of the audience went rolling through the theatre.
旧訳p79:×
そして、われながら稀にみる名演技には、劇場をゆるがす観客の嵐のような喝采にこたえて、思わず傍を向いて、一、二度頭を下げる役者みたいな苦労を味わった。
新訳p98:×
そして、並みはずれた名演技を終えたときには、なんとか自分を抑えはするものの、あたかも劇場じゅうに鳴り響く割れんばかりの観客の拍手喝采に応えるかのように、横を向いてお辞儀を一度か二度したくなることもしばしばだった。
批評:
turn asideは演劇用語で「脇に寄る」。端に一歩下がり、頭を観客に下げる動作。

原文p53
A slice of cold pie, a glass of port, a cup of tea, a basket of plums, even a full sit-down Sunday dinner with the family, such things were constantly being pressed upon him. Sooner or later, of course, there had been some bad moments and a number of unpleasant incidents, …
旧訳p83 ○
ひと切れの冷たいパイ、一杯のポート・ワイン、一杯のお茶、籠いっぱいの干し葡萄、それに一家団欒の日曜日の夕食、こういった接待がたえず彼に強要された。むろん、そのうちには、おもしろくないときもあれば、不愉快な出来事もずいぶんあったけれども、… 
新訳p104 △
コールドパイやポートワインやお茶やプラム、さらには家族がそろってテーブルを囲む日曜日の昼食まで無理やり勧められるのだ。それもしょっちゅう。そうなると、当然のことながら遅かれ早かれ、うまくいかなくなったり、不愉快な出来事が生じたりするものだ。
批評:
「そうなると」を削除。因果関係は強くない。

原文p56
… , and one of them had two large black greyhounds with him, on leashes.
旧訳p86 〇
…、そのうちのひとりが、二頭の大きな黒のグレイハウンドにつないだ皮紐を握っている。
新訳p108 △
その中のひとりが大きな黒いグレイハウンドを二匹、ひもにつないで連れていた。
批評:
大きな犬は匹でなく頭がよいだろう→二頭。

 

原文p58
But good God! Just look at it! And in a place like this!
旧訳p89 〇
それにしてもすごいものだ!ちょっと見てみろ!しかも、こんなところに、だ!
新訳p112 △
それにしても、なんとまあ!ご覧じあれ!こんな場所にこんなものがあるとは!
批評:
「ご覧じろ」が正しい。

原文p60
There were six drawers in all, two long ones in the middle and two shorter ones on either side. The serpentine front was magnificently ornamented along the top and sides and bottom, and also vertically between each set of drawers, with intricate carvings of festoons and scrolls and clusters.
旧訳p92 ×
抽斗は全部で六つあり、まんなかの二つは長く、両側に短いのが二つずつついている。箪笥のねじれたようなフロントは、上下左右、抽斗のあいだの垂直のあきと、花づなや渦巻や花の房の精緻な彫刻で、目もあやな装飾が施してある。
新訳p116 △
中央に長い引出しがふたつ、その両側に短い引き出しがそれぞれ二段あり、弓状に張り出した正面の飾りが実に壮麗で、上下左右のへりとさらに二段の引き出しのあいだにも、花綱や渦巻きや房飾りの精巧な彫刻が施されている。
批評:
現物の写真を見ればわかるが、波状にくねっているのである。

原文p62
a plump brown hen pecking around for stray grains of corn in the yard.
旧訳p95 △
(興奮に、文字通り身体が震えてきたので、気を鎮めるために、窓際まで歩いて行って、)庭に落ちている玉蜀黍の粒をつっついている、まるまると肥えた茶色のメンドリを眺めた。
新訳p119 △
(気を静めようと窓のところまで歩き、)まるまると太った茶色の雌鶏が庭に落ちたトウモロコシをついばむのを眺めた。
批評:
cornは(1)穀類(英) (2)玉蜀黍(米)。この小説はイギリスなので(1)。

原文p62
Edward Montagu, Esq.
旧訳p95 △
エドワード・モンテグー様
新訳p120 △
エドワード・モンタギュー郷士殿
批評:
Esq.はEsquireの略で、郷士・庄屋階級を意味するが、正式の身分ではないから、「郷士殿」はいただけない。「様」より古風で丁寧といわれる「殿」でどうか。

他に気になった新訳部分
新訳p96
胸につぶやいた
→コロケーションが悪い。
新訳p115
それを縦溝彫りのある湾曲した四本の脚が床から一フィートほどの高さに持ち上げている。
→原文はset upon four carved and fluted legs。「四つの刻まれ縦溝を彫られた脚の上に据えられた…」。carvedとflutedは同義語反復でないか。新訳は、carvedをcurvedの誤植と読んだか?

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