2018年5月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。

ROYAL JELLY
(ストーリー)
アルバート・テイラーは若き養蜂家。子宝に恵まれたばかりだが、その乳飲み子の娘の食が細くて、妻ともどもとても心配している。アルバートの案じた一計で、目出度く娘の食欲を回復させることができた。ローヤル・ジェリイを大量に飲ませたのだ。これで一安心と喜んだのも束の間、よくよく見ると、乳児であるはずの娘は、女王蜂さながらに変身中!?…
*旧訳は開高健。誤訳が15か所、悪訳が5か所あって、全部は取り上げない。

①p87
As he grew older, Albert Taylor’s fascination with bees developed into an obsession, and by the time he was twelve he had built his first hive. The following summer he had captured his first swarm. Two years later, at the age of fourteen, he had no less than five hives standing neatly in a row against the fence in his father’s small back yard, and  …
旧訳:
長ずるにおよんで、アルバート・テイラーの蜜蜂に対する執心ぶりは強迫観念に達したかの観があった。十二歳になったとき、彼は最初の自分の巣箱を造りあげた。つづく夏には、最初の蜜蜂の一群を手に入れ、二年後、十四歳になると、父親の小さな裏庭に…
新訳:
成長するにつれ、彼のミツバチへの強い興味は強迫観念のようにさえなり、十二歳になる頃にはもう初めての巣箱をつくり、その翌年の夏には初めてミツバチの群れを捕らえた。二年後、十四歳のときには、父親の小さな裏庭の塀にきちんと一列に並べて立てかけた巣箱を五つも持つようになり、…
批評:
誕生日は夏の前か後か、Two years laterはthe time he was twelveかthe following summerのどちらを基準にしてか、followingは翌年のかその年のか。

三つ巴になっていて読み解きにくく、いくつかの解釈が出来うる。日本語としておかしくなければ良しとするしかあるまい。
旧訳はすらっと読める。
新訳は「二年後」が「翌年の夏の」を指すようにとれて、「十四歳」は「十五歳」
の間違いでないのかと思ってしまう。再考の余地あり。
ちなみに、
by the time he was twelveは正確には「十二歳になるまでに」例:What do you hope you’ll have achieved by the time you’re 30? (三十歳までに何をやっておきたいですか)。
followingは、次に季節がくると「来年の」の意味になるのが普通だが、「それに引き続く(つまりその年の)」ととれることもある。誕生日が夏の前か後かで、どちらが良いか変わってこよう。
captured his first swarmは、巣別れするハチの群れのこと。

②p87
When he was eighteen, he had rented one acre of rough pasture alongside a cherry orchard down the valley about a mile from the village, and there he had set out to establish his own business.
旧訳:
十八歳になると、村から一マイルほどの離れた谷間にある桜桃畑にそって荒れた牧草地を借り、そこで彼は自分の事業に着手した。
新訳:
十八歳になると、村から一マイルほど離れた谷にある、サクランボ畑沿いの荒れた牧草地を一エーカー借りて、自分の養蜂場づくりに乗り出し、…。
批評:
前置詞が四つ並んでおり、どこで区切るかでいろいろとれる。だが位置関係はまず(1)順に広がる (2)順に狭まる、ととるのが順当。ここは(1)。両方ともよい。

③p91
Albert Taylor took the pipe out of his mouth and examined the grain on the bowl.
旧訳:
アルバート・テイラーはパイプを口から離すと、鉢の中に入っている穀物を調べた。
新訳:
アルバート・テイラーはくわえていたパイプを口から離すと、火皿の部分の木目をじっと見てから言った。
批評:
多義な単語は文脈・常識から意味を選択する。新がよし。

④p102
In Mexico, in 1953, a group of enlightened physicians began prescribing minute doses of royal jelly for such things as cerebral neuritis, arthritis, diabetes, autointoxication from tobacco, impotence in men, asthma, croup, and gout
旧訳:
1953年、メキシコにおいて、進歩的な医学者のあるグループは、大脳神経炎、関節炎、糖尿病、タバコによるニコチン中毒、男性の性不能、喘息、喉頭炎、痛風等●の症状に対する処方として、微量のローヤル・ジェリイを与えはじめた…
新訳:
1953年、メキシコの見識豊かな医師のグループが、脳神経症、関節炎、糖尿病、煙草による自家中毒、男性の勃起不全、喘息、偽膜性喉頭炎、痛風など●の患者に微量のロイヤルゼリーを処方しはじめた…
批評:
医学論文なのだから、正確に訳さねばならない。新旧訳とも列挙終了のandを見逃している。such ― asで示される八つの具体例以外は執筆者の念頭にないのだから、「など」「等」と曖昧にしてはいけない。

⑤p107
‘Ah,’ he whispered. ‘I thought that might surprise you a bit. And I’ve been making it ever since right under your very nose.’
旧訳:
「ああ」と彼はささやいた。「きみにはちょっとおどろきだったかもしれんが●きみの反対は予想の上で、つくってみたんだ●
新訳:
「ああ」と彼は囁くように言った。「きみはちょっと驚くんじゃないかとは思ったよ▲。でも去年からずっとそうしてたんだ、きみにもすぐ見えるところで▲
批評:
「驚かせてしまうかと思って(口に出さなかった)」と読むところ。「それで(言わないままま)目と鼻の先で作ってきた」のだ。
旧訳は誤り、新訳はちょっとあいまい。

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