2018年4月号 柴田耕太郎

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ロアルド・ダール作品集の悪訳には翻訳業界人として心を痛めてきたが、ようやく田口俊樹の新訳が出始めた。新旧訳を比べることで、翻訳の楽しさ・難しさ・奥深さを味わっていただこう。何より読者がたにとって、英文読解のよい教材となるものと思う。

BEWARE OF THE DOG「番犬に注意」
ストーリー:
空中戦で墜落し九死に一生を得たイギリス軍パイロット。友軍の病院で手当てを受けるが、何か様子がおかしい。傷をおして窓辺に出るとgarde au chienの看板。敵軍の病院だったのだ!(二次大戦でフランスは早々とドイツに降伏。ドイツ側としてイギリスと戦った)
旧は永井淳、新は田口俊樹によるもの。

①p300(原書The Collected Short Stories of Roald Dahlの該当ページ)
I’ll say, Yorky you old son of a bitch, have you fixed my car yet.
旧:もうおれの車の用意はできているのか、ときいてやる。
新:おれの車はもう修理できてるのかな、と。

批評:
fixには(1)…を修理する (2)…を固定する、の二つの意味がある。
両訳とも(1)の意味に取っているようだが、それでよいだろう。
例:I’d better fix the car while the toolbox is there.
道具箱が使えるうちに車の修理をした方が良いだろう。

②p301
I’ll take that half bottle of whisky with me and I’ll give it to Bluey.
旧:例の半分残ったウィスキーを持って行ってブルーイにやろう。
新:ウィスキーのハーフボトルを持っていって、ブルーイに渡す。

批評:
形容詞halfが前から名詞bottleを修飾しているので、一体感が強く、「半分残った」とはとれない。thatは厄介だ。具体的に差す場合は「あの」「例の」でよいが、漠然と互いに了解されている場合は訳に出さないほうがよい。ここは後者。新訳が良い。
例:You may have heard of that lovely land called Italy, the land of golden sunshine and warm, soft air.
イタリアという素敵な国のことを聞いたことがあるでしょう、黄金なす陽の光と暖かく心地よい空気溢れる国のことを。
*このthatは「あれ」というほど強くなく「詳しく説明しなくても互いに了解できる」ことを指す。

③p301
We’ll go everywhere in cars. I always hated walking except when I walked down the street of the coppersmiths in Baghdad, but I could go in a rickshaw.
旧:車ならどこへでも行ける。バクダッドの銅細工師の通りは、おれは歩くのが大嫌いだけど、なに、あそこだって人力車でなら入れる。
新:だから、おれたちは車でどこにでも行ける。そもそも歩くのは嫌いだったからね。バクダッドの銅細工師の通りをぶらつくのを別にすれば。それだって人力車に乗っていけばいい。

批評:
このあたり主人公の妄想が頭で膨らんでいる箇所。どうとでもとれそうだが、文法的・論理的・意識的に無難な意味をとるのがよい。この前からざっと訳すと「傷は別に痛まない(現在形・現実)。人は車なら行こうと思う所どこへでも行ける(一般的可能性)。俺はいつも歩くのが嫌いだった、バグダッドの路地は別だが(過去形・過去の習慣)。だが人力車なら出かけられる(仮定法・現在の反実仮想、片足をなくしてもバグダッドの路地を、が含意されると読むのが順当だろう)。家に戻って木を割ることだってできる(仮定法、前文の意識を引きずる)。だが斧の先っぽが飛んでしまう(現在形・習慣・事実)。そうした場合必要なのはお湯だ(同じく)。風呂に斧を入れて取っ手を膨張させてやる(同じく)。この前家に帰った時は沢山薪を作った(過去形・過去の事実)。風呂に取っ手を入れたもんだ(同じく)。」
旧訳は「歩くのが嫌いなところに人力車で行く」と誤解してとられる。新訳がいい。

④p304
He had heard that noise every day during the Battle.
旧:彼は本土防衛のあいだ、毎日その音を聞いていたのだ。
新:バトル・オヴ・ブリテンのあいだ毎日ずっとその音を聞いてきたのだ。

批評:
the Battle。語頭の大文字は固有名詞化。劣勢な英軍が乾坤一擲、ロンドンに寄せ来る独軍を迎え撃ち、見事勝利した空中戦のこと。「祖国防衛戦」との訳語もあるが、定訳とはなっていないようなので新旧訳共に、これで良しとするか。

⑤p305
Perhaps I am very ill, he thought. Perhaps I am imagining things. Perhaps I am a little delirious. I simply do not know what to think.
旧:たぶんおれはよっぽどぐあいが悪いのだろう、と彼は思った。みんな空耳なのだ。少し錯乱気味で、何を考えればいいのかわからないのだ
新:きっとおれは病気なんだ。ただ妄想しているんだろう。いくらかは意識が混濁しているのかもしれない。自分が何を考えているのかもわかってないんだろう

批評:
このあたりの直訳「もしかすると俺はとても具合が悪いのかも知れない、と彼は思った。もしかすると俺は何か思い違いをしているのかも知れない。もしかするといささか気がふれているのかも知れない。俺は絶対に自分でもどう考えるべきなのか分からない」。
このwhatは「何」でなく「どう」と読む。what to think =what I should think.
つまりwhat I should think of the situation.(この状況をどう考えればいいかわからない)
のof以下が省略されていて分かりにくくなっている。
例:What do you think of him?(彼のことどう思う)
新旧訳とも直した方がいいだろう。「一体どう考えればいいか全くわからない」
simply notは「全く…ない」。

⑥p305
“This wretched soap won’t lather at all. It’s the water. It’s as hard as nails.”
旧:「この石鹸ときたらまるで泡が立たないわ。水のせいなのよ。ひどい硬水なんだから」
新:「この石鹸、ちっとも泡が立たないんですよね。水のせいで。ここの水は爪みたいに硬いから」

批評:
as hard as nailsはイディオム「非常に硬い」。「爪みたいに硬い」で比喩が分かるだろうか。旧訳のままで良いのではないか。

⑦p306
They were Ju-88s, he said to himself.
旧:あれはJu-88だった、と彼は独り言をいった。
新:あれはユンカース88だ、と彼は自分に言い聞かせた。

批評:
say to oneselfは「心の中で言う」。tell oneselfは「自分に言い聞かせる」。まあ大した違いはないか。「独り言をいう」はtalk to oneself。

⑧p308
Her hair was very fair.
旧:髪はみごとな金髪だった。
新:とても色の薄いブロンド。

批評:
fairはやっかい。
広義では「金髪、青眼、白い肌」。狭義では(1)明るい、淡い (2)ブロンドの、の二義あるが、(1)は顔色・肌に使うことが多い。
例:For blondes, chamomile can lighten fair hair when used as a rinse.
ブロンドの方々に、カモミーユはリンスとして使うと、金髪を明るく引き立てます。
*この場合blondesは「金髪、白い肌の人」を指す。
例:She was pretty, with blonde hair and fair skin, but her eyes seemed distant, if worried.
ブロンドの髪と白い肌の綺麗な女だが、思い悩むとぼんやりした目になった。

新訳は「とても」と「薄い」が共起しにくい。せめて「明るい、軽い」にしてほしい。
参考:日本人のイメージする金髪の区分け
blonde:金髪(全般的)
fair:淡いブロンド
pale yellow :薄い黄色
light brown :軽く茶がかった黄色
platinum blonde:白銀色のブロンド

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