[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第34回『キス・キス』(開高健訳)  表現そのⅥ

2018年1月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

今回も日本語表現がおかしい部分を取り上げます。

『天国への登り道』The Way up to Heavenの気になる表現

フォスター夫妻はニューヨークに住む富豪。なに不自由ない暮らしに見えるが、夫の底意地の悪さに妻は辟易している。その妻がパリにいる娘に会いに出かける当日のこと。フライトの時間に間に合わないと焦る妻は、まだぐずぐず屋敷内にいる夫を呼びに玄関まで来た。そこで、夫が乗っているはずの奥のエレベータが中空で停まっているのに気づく。瞬時ためらったが、知らないそぶりで、そのまま夫を置き去りにして空港へと急いだ。それから3週間。妻が自邸に戻ってみると、どうやら夫は…

①ことばの強さ

原文と市販訳:

Mr Foster may possibly have had a right to be irritated by this foolishness of his wife’s, but he could have had no excuse for increasing her misery by keeping her waiting unnecessarily.
フォスター氏が、こういった夫人の馬鹿馬鹿しい仕打ちに腹をすえかねたのは、もっともだとしても、だからといって、必要以上に彼女を待たせ、いっそう夫人にみじめな気持ちを味わせていいというわけのものではあるまい。

解説:

this foolishnessとは、「時間に遅れる」との脅迫観念。
「腹にすえかねた」なら、何をしてもよいことになってしまいかねない。
「習慣にいらだって当然だったにしても」

②正確性

原文と市販訳:

He had disciplined her too well for that.
こういう点については、実に良人はきびしかった

解説:

訳はこれでよいだろうが、意味は「良人はよくしつけていた」

③誤用

原文と市販訳:

She reached over and pulled out a small paper-wrapped box, and at the same time she could’t help noticing that it was wedged down firm and deep, as though with the help of a pushing hand.
と同時に、それが誰かの手で、奥の方へむりやりおしこめられてあったのだということが、夫人の頭にひらめいた

解説:

wedgeは状態動詞(くさびを入れて状態を保つ)、動的動詞(押し込む)のどちらにもとれるが、「…押し込められてあったのだ」と状態に訳すより「…押し込められた」と行為に訳すほうが自然ではないか。「ひらめく」は「思いつきが頭に浮かぶ」ことで、cannnot help ~ingの意味「《しまいと思っても》どうしても《つい》…してしまう」とはちょっとずれる。
「押し込められたのだと、思わずにはいられなかった」

④比喩の適正さ

原文と市販訳:

The new mood was still with her.
あの新しい興奮はまだ、夫人の内部に息づいている。

解説:

「内部に」では物みたいだ。
「夫人の心(の中)に」

⑤ことばの古さ

原文と市販訳:

She waited, but there was no answer.
しばらく待ってみたが、何のいらえもない。

解説:

「いらえ」が「答え」「返事」の意味であることがわかる人がどれだけいるだろうか。
「何の返事もない」

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