[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第32回『キス・キス』(開高健訳)  表現そのⅣ

2017年11月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

今回も日本語表現がおかしい部分を取り上げます。

『ウィリアムとメアリイ』William and Maryの気になる表現

ウィリアムはオックスフォードの哲学教授。癌に侵され、余命いくばくもなくなったとき、医師のランディに、脳だけを生かす実験に協力するよう頼まれる。これを受け入れる苦衷の決断をして死んでいったウィリアム。遺書で事の次第を読んだ妻のメアリイは、ランディ医師の病院に赴く。そこで彼女がみたものは…

①誤用

原文と市販訳:

The solicitor was pale and prim, and out of respect for a widow he kept his head on one side as he spoke, looking downward.
顔色の悪いとりすました様子の事務弁護士は、未亡人のご機嫌をうかがうように、伏し目になりながら、小首をかしげて話をした。

解説:

「小首をかしげる」は「疑問、思案」を想起させるが、原文は「遠慮、ためらい」を含意している。それがわかるように、意訳するしかないだろう。
「未亡人への配慮からか、眼を見ずにうつむき加減で切り出した」

②意味ない強調

原文と市販訳:

I haven’t even begun and already I’m falling into the trap. So let me get started now; …
私はまだ話をはじめてもいないのにすでに罠にかかっているのだ。だから、私もこれからはじめるとしよう。

解説:

誰に対する「私も」なのか分からない。「だから」も因果が読めない。自分の気持を切り替える表現にすると、流れがよくなるだろう。
「さあ、さっさと」

③誤用

原文と市販訳:

I am sure he was expecting me to jump when he said this, but for some reason I was ready for it.
そういったとき、彼はきっと、私がとびあがるとでも思ったにちがいないが、どうしたわけか、私はそれを予期していた

解説:

「予期」は「前もっての予想」。ここでは「ひどいことを言われても取り乱さない覚悟」のこと。
「私の心構えはできていた」

④ことばのズレ

原文と市販訳:

I’m at the stage now where I’m ready to have a go with a man. It’s a big idea, and it may sound a bit far-fetched at first, but from a surgical point of view there doesn’t seem to be any reason why it shouldn’t be more or less practicable.
いまや、わしは人間に試してもいい段階にまで来ている。大した研究だよ、これは。そりゃ、はじめはちょっと無理に思われるかもしれんが、外科の立場からみれば、まだ実行の段階でないという理由は、どこにもないようなのだ。

解説:

far-fetchedは「信じがたい」「荒唐無稽な」。「無理に」と意訳する必要はない。
「最初はちょっと信じがたく思われそうだが」

⑤擬人化の是非

原文と市販訳:

“Just lie still. Don’t move, I’m nearly finished.”
So that’s the bastard who’ s been giving me all those headaches,” the man said.
「じっとしずかにねていたまえ。うごかしたりしちゃいかんよ。すぐ終るからね」
「『すると野郎のおかげで、頭が痛かったのだな』とその男はいった」

解説:

the bastardは、この文の前にある「血のかたまり」を指す。擬人化するのはどうだろう。
「それのせいで」「そいつのおかげで」

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