[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第30回『キス・キス』(開高健訳)  表現そのⅡ

2017年9月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

今回も日本語表現がおかしい部分を取り上げます。

『牧師の楽しみ』

ロンドンの古物商であるボギス氏は、掘り出し物を見つけるため、公的に聞こえそうな「骨董家具保存協会長」を名乗り、田舎の旧家を巡っている。今回はすごいカモが引っかかった。名人チッペンダール作の衣装戸棚だ。大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買い叩こうという習性がつい出て「脚だけがほしいのだが…」とケチをつけたのが運のつき。車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう。

①コロケーション

原文と市販訳:

When the men caught sight of Mr Boggis walking forward in his black suit and parson’s collar, they stopped talking and seemed suddenly to stiffen and freeze, becoming absolutely still, motionless, three faces turned towards him, watching him suspiciously as he approached.

三人の男は、黒い僧服に牧師のカラーをつけたボギス氏がやって来るのを見つけると、話を止めて、急によそよそしい、凍りついたような表情になり、身じろぎもせず、一様にボギス氏に顔をむけて、近づいてくる彼を胡散な眼で見た。

解説:

「胡散」と「眼」は共起しない。
「胡散顔で」「胡散臭そうに」とするか、「胡乱な目つきで」がよいだろう。

②論理

原文と市販訳:

‘Oh dear me, no. It’s just my heart. I’m so sorry. It happens every now and then.
「とんでもないことです。私の心臓ですよ。どうも申し訳ありません。ときどきかかる病気でしてな。…」

解説:

「心臓病にときどきかかる」と読めてしまう。会話ではこうしたカジュアルな表現をすることもあるが、書き物としては正確な表現を心がけたい。持病の発作がときどき起こるのだと、わかるように訳さねばならない。
「ときどき、こうなるんです」

③カタカナ語

原文と市販訳:

He knew their history backwards―that the first was ‘discovered’ in 1920, in a house at Moreton-in-Marsh, and was sold at Sotheby’ the same year;
彼は三つの家具の、その後の歴史についても知っていた―最初のものは、モアトン・オン・ザ・マーシュのある家で、一九二〇年に発見されて、同じ年に、サズビィの競売で売りに出された。

解説:

前のは原語と突き合わせない校正ミス。後のは呼び慣らわされている表記にする。
「モアトン・イン・マーシュ」「サザビーズ」

④意味不明

原文と市販訳:

The serpentine front was magnificently ornamented along the top and sides and bottom, and also vertically between each set of drawers, with intricate carvings of festoons and scrolls and clusters.
箪笥やねじれたようなフロントは、上下左右、抽斗のあいだの垂直のあきと、花づなや渦巻や花の房の精緻な彫刻で、目もあやな装飾が施してある。

解説:

「垂直のあき」とは何に対する訳語だろう?実はこの前に、長い引出し(drawers)と短い引出しが上下二列水平に置かれている、との記述がある。
andが前置詞句along ~ とbetween ― を並列させている。with以下は、直前にカンマがあること、~ と ― の両方に掛けて不自然でないこと、から両方に掛かるとするのがよいだろう。betweenの前に動詞(過去分詞)がないのは嬉しくないが、前と同じornamentedが省略されたととる。直訳すると「花綱装飾と渦巻装飾と総房装飾の複雑な彫刻でもって、曲線を描く全面は、天辺・各面・底部に沿って素晴らしく飾られ、かつまた引出し相互の間は垂直に飾られていた」。
意訳すると「優美な曲線を描く全面には上下脇に渡って美しい装飾が、そしてまた引出しと引出しの間には縦飾りが施されていた。そこには花綱、渦巻、総房などの文様が浮き出ていた」

⑤語義選択

原文と市販訳:

I’ve got a rather curious table in my own little home, one of those low things that people put in front of the sofa, sort of a coffee-table, and last Michaelmas, when I moved houses, the foolish movers damaged the legs in the most shocking way. …
私の家にはたいへん不思議なテーブルがありましてね、ソファの前に置いたりする、高さの低いやつで、コーヒー・テーブルみたいなものですが、去年のミカエル祭に引越しをしました時、頓馬な運送屋がテーブルの脚をすっかりめちゃくちゃにしてしまった。

解説:

「不思議」とcuriousはちょっとズレる。curiousは(1)それについて強く知りたいという興味を人に起こさせる (2)尋常でなく一風変わった、のうち、ここでは(2)。ratherの幅は広い(「とても」「かなり」「わりと」などの訳語がつくが、思いのほか、とか、強いて言えば、といった気分がこもっている)。大げさに聞こえぬような訳をつけるのがよい。
「ちょっと面白い」

⑥俗表現

原文と市販訳:

‘Take a look at that. Notice the exact evenness of the spiral? See it? …
「これを見なさい。螺旋がぜんぜん一様なことに気がつきましたか?」

解説:

俗な表現では「ぜんぜん」が「とても」の意味で使われるが、小説のなかの会話としては、正しい言葉づかいをさせたい(牧師のふりをしているボギス氏は多少のインテリなのだろうし)
「きちっと均一」

⑦誤用

原文と市販訳:

In ten minutes it’s worth fifteen or twenty thousand! The Boggis Commode! In ten minutes it’ll be loaded into your car―it’sll go in easy ―and you’ll be driving back to London and singing all the way!
…一万五千か、二万ポンドの値打のあるものが!十分間でお前の車に積み込める―簡単に乗っかるとも―そうしたら、お前は途中のべつに歌を歌って、ロンドンにお帰りあそばすわけだ!

解説:

「のべつ歌を歌う」とは言っても、「のべつに歌を歌う」とは言わないだろう。
「途中のべつ歌をうたって」

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