[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第29回『キス・キス』(開高健訳)  表現そのⅠ

2017年7・8月合併号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

今回から何回か日本語表現がおかしい部分を取り上げます。

『牧師の楽しみ』

ロンドンの古物商であるボギス氏は、掘り出し物を見つけるため、公的に聞こえそうな「骨董家具保存協会長」を名乗り、田舎の旧家を巡っている。今回はすごいカモが引っかかった。名人チッペンダール作の衣装戸棚だ。大金持ちになり、業界での名声も得られると有頂天だったが、安く買い叩こうという習性がつい出て「脚だけがほしいのだが…」とケチをつけたのが運のつき。車を取りに行っている間に、売主は親切心から、戸棚の躯体部分を解体してしまう。

①コロケーション

原文と市販訳:

Just the right amout for a leisurely afternoon’s work
悠長な午後の仕事にはちょうどいい数だ。

解説:

「悠長な午後」とか「悠長な仕事」(「悠長な仕事振り」ならよいが)とはいわない。「悠長」ときたら「に構える」とか、「なことを言う」といったコロケーションになる。
元訳を生かすなら「ゆったりした」。語順を並べ替えるなら「午後ゆったりと仕事をするには」

②誤用

原文と市販訳:

He could become grave and charming for the aged, obsequious for the rich, sober for the godly, masterful for the weak, mischievous for the widow, arch and saucy for the spinster.
老人には勿体らしく気に入るように、金持ちにはさからわずに追従し、信心深い者には落ち着きはらい、弱い者には横柄に、未亡人には胸にいちもつありげに、オールドミスにはずるく、厚かましくといった具合になれる男なのだ。

解説:

「勿体らしい」は「重々しげに見える」という形容詞。「勿体らしく」は副詞になるが、「気に入(られ)る」とはつながらない(勿体らしく振舞う、というように使う)。
語順を変えて「老人には気に入られるように重々しく」としてはどうか。
「胸にいちもつ」では「悪いたくらみ」をしているかのようだ。mischievousは「いらずらずきな」と「一癖ありげな」が合体した意味。未亡人を誘惑する下心が見えそうな訳にするとよい「訳ありげに」。

③大げさ

原文と市販訳:

The idea behind Mr Boggis’ s little secret was a simple one, and it had come to him as a result of something that had happened on a certain Sunday afternoon nearly nine years before, while he was driving in the country.
ボギス氏のささやかな秘密の鍵は簡単なものだった。九年ほど前のある日曜日の午後、田舎をドライヴしていたときに、たまたまあったある事件の結果、思いついたのだった。

解説:

「ある事件」とは、このあと出てくるのだが、車のラジエターがこわれ、水をもらいに立ち寄った旧家で珍品家具をたまたま眼にしたこと。思わせぶりな言葉に内容が伴わないと読者はいらいらしてしまう。「たまたまの巡り合わせから」

④意味のズレ

原文と市販訳:

Each of these squares covered an actual area of five miles by five, which was about as much territory, he estimated, as he could cope with on a single Sunday, were he to comb it thoroughly.
それらの正方形はそれぞれ、実際には、五平方マイルの面積にあてはまり、彼の計算では、日曜日一日でくまなく歩きまわれるくらいの地域だったから、徹底的に探して歩くことも可能だった。

解説:

「その面積にはめ込まれる」と読めてしまうが、「面積相当」ということ。「五平方マイルほどの面積であり」

⑤並列が不自然

原文と市販訳:

It was the comparatively isolated places, the large farmhouses and the rather dilapidated country mansion, that he was looking for; …
比較的に人里離れた地方や、大きな農家、かなり荒れ果てた田舎屋敷といったところこそ彼が求めているものだった。

解説:

1, 2 and 3の並列。「地方」という抽象的なものと建物のように具体的なものは並列できない。このplacesは、farmhouses、mansdionsと同義語の「屋敷」ととるべき。またisolatedは「人里離れた」でなく「孤立した」。compasrativelyは「比較的」との訳がつくが、比較の対象がみられぬときは「割と」の感じになる(ここもそう)。
「ぽつんとある邸宅」

⑥時制

原文と市販訳:

From now on, it was all farmhouses, and the nearest was about half a mile up the road.
こんどからは、農家という農家にみんなあたってみよう。いちばん近い農家は、ほぼ半マイルも行ったところにあった。

解説:

「こんどから」では「次回から」と読めてしまう。実はここ、中間話法になっていて、主人公の今の意志を示す心のつぶやき。「このあとは」。ついでながら、「農家に片端から当る」のではなく、「訪ねる先は全部、農家に定めよう」ということで、この部分は訳にズレがある。

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