[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第27回『キス・キス』(開高健訳)  否定

2017年5月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

①『ウィリアムとメアリイ』その1

原文と市販訳:

This, as I have already told you, is a very foolish attitude to take, and I find it not entirely an unselfish one either.
「これは、すでにお前にいったことだが、非常に愚劣な態度で、私が見るところ、他人に対してとるべき態度ではないと思う。」

背景:

自分の身体を死後、一種の人体実験に捧げようと決めた夫に聞く耳をもたない妻。夫は妻を説得する。

ヒント:

部分否定と全体否定が混じっている。

解説:

itは(your) attitude。oneはattitude。not eitherは、肯定文に続きて用いられる場合、前節を補強し「といっても…ではない」の意味になる。それに部分否定not entirely「全く…というわけではない」が重なったもの。findは「気づく」「認識する」の意。

修正訳:

(直訳)
これは、私が既にお前に言ったように、取るにはとても愚かな態度であり、といっても私はその態度が全面的に非利己的態度であるというわけではない、と思う」
(意訳)
これは前に言ったように非常に愚かな態度だが、かといって利他的な気持ちばかりともいえまい」→「これは前に言ったように愚かな態度だが、ある部分で自己中心的でもあると思う」

②『ウィリアムとメアリイ』その2

原文と市販訳:

For one thing, you’d certainly lose consciousness when you died, and I very much doubt whether you would come to again for quite a long time―if indeed you came to at all.
「まず第一に、きみは死ねば、ぜったいに意識を失う。それに、長い時間がたったあとでも、果たしてきみが意識を回復するかどうか―回復すればの話だがね―もはなはだ疑わしい。

背景:

死んでも脳だけ生き延びさせる実験の可能性を患者に述べる医師のことば。

ヒント:

日本語がよくわからない。

解説:

訳文からは「長い時間がたっても、意識は回復しない」と読める(それに「回復すればの話」と挿入があるのは矛盾)が、原文が言っているのは(回復するにしても)「長い時間のあいだ、意識は回復しない」ということ。come toは「正気づく」。

修正訳:

(直訳)
「よしんば元通りになるとしたって、長いこと、元通りになるものかどうか、はなはだ疑わしい」
(意訳)
「ともかくも意識が戻るにしたところで、長いこと意識は回復しないのではないかと思う」

③『ジョージ・ポーギー』

原文と市販訳:

I remember screaming for help, but I could hardly hear the sound of my own voice above the noise of the wind that was caused by the throat-owner’s breathing.
私は助けを求める悲鳴をいまでも記憶していたが、風の音よりも大きい自分の声のひびきが耳に入ってくるだけだった。

背景:

ウブな青年牧師がちょっとしたいたずらを独身女性に仕掛けた報いに、その女性の口に呑みこまれ喉のあたりをうろつくことになる。

ヒント:

初歩的な文法ミス。remember ~ingは「~したことを覚えている」。元訳では誰の悲鳴かわからない。

解説:

hardlyは、準否定語「ほとんど…ない」。aboveは、優越を示す前置詞(…に勝って)。
例:Her voice could be heard above the noise.(彼女の声は騒音の中でも聞き取れた)。

修正訳:

私は助けを求める叫びをあげたのを覚えている。だがその自分の声は、喉の持ち主が呼吸する音にほとんどかき消されてしまっていた。

④『暴君エドワード』その1

原文と市販訳:

‘Oh, but I couldn’t possibly go out now. There’s no question of that.’
「あら、そうだったわ。でも、たぶん出かけられないわね。そんなこと問題外よ」

背景:

今日は友人宅に招かれているのを思い出させようとする夫に対しての妻のことば。

ヒント:

possiblyの位置に注意。

解説:

「たぶん…でない」だったら、possibly notの形になる。例:”Will the operation be successful?” “Probably not.” (手術はうまくゆくだろうか)「うまくゆかないでしょう」)
not possiblyは「まず…ない」(柔らかく言っているが「絶対に…ない」の意)

修正訳:

どうしたって

⑤『暴君エドワード』その2

原文と市販訳:
No one could possibly be certain about a thing like this.

そういったことを確信をもっていえるひとなんておそらくどこにもいはしない。

背景:

更年期の妻が不思議現象についていろいろ妄想する。

ヒント:

noを分解する。

解説:

no=not any。便宜的に書き換えると、Any one could not possibly be certain about like that.
not possiblyは「まず…ない」。

修正訳:

まずどこにも
*前回the E majorを「ホ短調」と誤記しました。正しくは「ホ長調」。
ご指摘ありがとうございます。読んでくれている人がいるのですね。
やる気が出てきました。

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