[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第26回『キス・キス』(開高健訳)  イディオムそのⅣ

2017年4月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

①『暴君エドワード』Edward the Conqueror

原文と市販訳:

And after that―well, a touch of Liszt for a change. One of the Petrarch Sonnets. The second one―that was the loveliest―the E major.
そしてそのあとは―そうね、変化をもたせてリストの小品。『ペトラルカのソネット』のなかの一曲。それも二番目―これがいちばんすばらしいから―のホ短調。

背景:

音楽を解するネコのために、歓迎の曲を弾こうと思案するピアノ好きの妻。

ヒント:

aとかtheをおろそかにしない

解説:

for a changeはイディオム「気分転換に」。
the second oneは、「ソネット第2番」(one=sonnet)。「二番目のホ短調」でなく、「第2番ホ短調」(第2番=ホ短調)

修正訳:

そしてそのあとは―そうね、気分転換にリストの小品。『ペトラルカのソネット』のなかの一曲。ソネット第2番―これがいちばんすばらしいから―ホ短調。

②『暴君エドワード』Edward the Conqueror

原文と市販訳:

The animal, who a few seconds before had been sleeping peacefully, was now sitting bolt upright on the sofa, very tense, the whole body aquiver, ears up and eyes wide open, staring at the piano.
‘Did I frighten you? She asked gently, ‘Perhaps you’ve never heard music before.’
No, she told herself, I don’t think that’s what it is. On second thoughts, it seemed to her that the cat’s attitude was not one of fear.
ほんのすこし前までのどかに眠っていたネコはいま非常に緊張して、全身をふるわせ、耳をたてて、大きく見開いた眼でじっとピアノを見ながら、ソファに立っている。
「びっくりしたの?」と彼女はやさしく訊いた。「きっと前に音楽を聞いたことがないのね」
きっとそうなんだわ、と彼女はひとりごちた。そんなところだろうと思った。だが、ネコの様子から察するに、どうもこわがっているのではないらしい。

背景:

ピアノに異常な反応を示すネコに妻は語りかける

ヒント:

後半部分が中間話法になっている

解説:

tell oneselfは「自分に言い聞かせる」。thatは直前に述べられたこと。itは文中で問題になっていること。ここではthatは、ネコが今はじめて音楽を聞いたこと。itは、何でネコがブルブル震えているのかの理由。on second thoughtsは、「考えなおして」。

修正訳:

直訳)いや、ちがうわ。と彼女は自分に言い聞かせた。はじめて音楽を聴いたから、このネコが興奮してブルブル震えているのだ、とは思わない。考え直せば、ネコの態度は恐れの態度ではないように見受けられる。
意訳)いや、そうじゃない、と彼女は思った。第一、このネコ、恐がっているように見えないもの。

③『豚』Pig

原文と市販訳:

The youth, who by this time was delighted to be getting anything at all, accepted the money gratefully and stowed it away in his knapsack. then he shook Mr Zuckermann warmly by the hand, thanked him for all his help, and went out of the office.
いまはもう何でも手に入る気になって、すっかり浮き浮きしている少年は、大喜びで金をもらい、それを背負い袋の中へしまいこむと、ザッカーマン氏の手を暖かくにぎりしめ、氏の援助に心から例をいって、オフィスから出た。

背景:

大伯母の遺産をいいようにピンハネされたが、顧問弁護士に感謝をささげる世間知らずの青年主人公

ヒント:

at allの掛かり方が違っている

解説:

be gettingは確実な近未来「手に入る」。anythingは「何でも」(all)ではなく、「どんなものであれ」(何がくるか分からないが、とにかく手に入りさえすればよい、といった感じ)。at allは肯定文で「とにもかくにも」。

修正訳:

直訳)少年はこの頃までには、もうとにかく手に入る確実性あるものは何であろうと喜んで受け入れるつもりになっていて
意訳)少年は今はもう、何でもいいから早く手にしたいという気になっていて

④『ほしぶどう作戦』The Champion of the World

原文と市販訳:

‘Nobody ever shoots pheasants, didn’t you know that? You’ve only got to fire a cap-pistol in Hazel’s woods and the keepers’ll be on you.
「雉を鉄砲で撃つやつなんかひとりもいないんだよ、そんなこと知らなかったのか?ヘイゼルの森で撃てるのは玩具のピストルだけだ。それに番人が見張ってるじゃねえか

背景:

キジの密猟を企てる二人の密談

ヒント:

onlyが良く分かっていないようだ

解説:

ここ、直訳すると「君はおもちゃのピストルを発砲しさえすればよい。すると番人たちが君の側にいるようになる」。have only toはイディオムで「…しさえすればよい」。gotは動きを強調するが、虚字のようなもので特に意味はない(have to=have got to)。andは「そうすれば」。onは、接近を示す前置詞「…の側に」。

修正訳:

おもちゃのピストルでも撃ってみろ、すぐさま番人が飛んでくるぞ。

⑤『ほしぶどう作戦』 TheChampion of the World

原文と市販訳:

I don’t suppose by any chance these keepers might be carrying guns?’  I asked.
万が一にも番人どもが銃を持ってないってことがあるかな」

背景:

猟場にいる監視人の持つ道具を推測する

ヒント:

日本語だと「銃を持っててあたり前」にとれるが

解説:

I don’t suppose (that) ~ は、いらつきや不安、怒りを含意する。例:I don’t suppose she’ll come.(彼女は来ないんじゃないかな)。by any chanceはイディオムで「ひょっとして」「万が一にも」だが、前のnotと結び「どうあっても(…ない)」。平叙文にクエスチョン・マークがあるのは、驚き・不安を含意。例:You are not going yet?(まだいかないんですか)。

修正訳:

直訳)万が一にも、番人たちが鉄砲を携えているなんて思えないよね
意訳)番人が鉄砲を持ってるなんてこと、絶対にないよね

⑥『ほしぶどう作戦』 The Champion of the World

原文と市販訳:

Claud had told me that the clearing was the place where the young birds were introduced into the woods in early July, where they were fed and watered and guarded by the keepers, and where many of them stayed from force of habit until the shooting began.
その空地で、ひなは餌を与えられ、水浴びをさせてもらい、番人に守られながら、ひなの多くは狩猟が解禁になるまでに習性からぬけだすのだ

背景:

キジの狩場の慣習を述べた箇所

ヒント:

stayとfromが一緒になって「抜け出す」のはおかしい

解説:

from force of habitは「習慣の力で」「習慣の力によって」⇒「習慣になっているので」。人間にあれこれ世話されるのが習慣になって、そのままシーズンまでその場所に留まる、のだ

修正訳:

そこでそのままぬくぬくするのが習慣となるの

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