[アイディ英文教室連載コラム] 『どこが違っているのかな?!』 第21回『キス・キス』(開高健訳)  仮定法 そのⅠ

2016年11月号

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 10年かけてロアルド・ダールの短編集(The Collected Short Stories)を点検し終わった。一字一句精読し、市販訳(早川書房)と比べてゆくのである。
 このシリーズは開高健、田村隆一などの名手が翻訳しているのだが、若い頃読んでいて読みづらいと思った。やはり誤訳・悪訳がボロボロ。
 でも興味を覚えた。一応の英語使いが間違える箇所なら、一般の英語学習者にとっても苦手な箇所のはずだ。ならばそれを列挙し説明をつけて学習者に裨益しようと、当欄の姉妹コラム「誤訳に学ぶ英文法」(アイディのホームページにあり)で連載してきた。
 このコラムでは、それを作品集別、品詞別に分類し、誰もがつまづきそうな箇所でそう複雑でないものを選んで解説してゆく。辛抱強く読んでゆけば、実力向上疑いなし。パズルを解くように楽しんでいただければ幸いです。

①『女主人』The Landlady

原文と市販訳:

‘I should’ve thought you’d be simply swamped with applicants,’ he said politely.
「泊る人が殺到してお困りなんじゃないかと思いましたが」と彼はていねいにいってみた。

背景:

素人下宿の条件のよさに、思わず青年が女主人にいった言葉。

ヒント:

「思った」に力点があるわけではないだろう

解説:

should have p.pは、(1)…すべきだったのに(過去の反実仮想) (2)…したことだろうに(過去の推量)で、ここは(1)。simplyは強調(=very)

修正訳:

直訳「泊まりたい人が殺到するはずだと、思いやるべきでしたのに」
意訳「忙しくしてらっしゃるのに僕なんかが来てすみません」

②『女主人』The Landlady

原文と市販訳:

‘That parrot,’ he said at last. ‘You know something? It had me completely fooled when I first saw it through the window from the street. I could have sworn it was alive.’
「あのオウムですけど」と、とうとう彼は口をだした。
「どうでしょう?ぼくは窓からのぞいてみた時から、だまされてたような気がするんですが、あれ、生きてるんでしょう

背景:

下宿で飼っている動物が動かないのに気づき、青年が発した言葉。

ヒント:

ifが隠れた仮定法

解説:

後半のセリフの訳全体が間違っている。You know something?は話を切り出す決まりきった言い方で、「あのね」「いいですか」。had fooledだから、「私を完全にだました」⇒「私はだまされた」のだ。この仮定法過去完了は、過去の仮定の推量「(人にあのオウムのことを生きているかどうかと問われていたら)生きていると誓ったことだろうに」

修正訳:

「いいですか。僕は窓から覗いたときすっかりだまされました。生きていると言われれば、そう信じたでしょう」

③『天国への登り道』The Way up to Heaven

原文と市販訳:

Be sure to miss it now if it goes. We can’t drive fast in this muck.’
飛行機がでるとしたら、間違いなく乗りおくれたろうよ。この霧じゃ、車のスピードをあげるわけにもいくまい。

背景:

孫に会いにゆくためのパリ行きの飛行機に乗り遅れるのではとやきもきする妻に、意地悪な夫がいう台詞。

ヒント:

ifにはevenの気持ちが入ることが多い。

解説:

if節が現在形、帰結節が現在形なので、仮定法でなく単なる仮定。このifにはevenの気持ちが入っている。Be sure toは、は、You are sure toの略形。

修正訳:

飛行機が出るにしても、今じゃ間違いなく乗り遅れるさ

④『天国への登り道』

原文と市販訳:

‘And what’s wrong with combs, may I ask?’ he said, furious that she should have forgotten herself for once.
「櫛で悪かったな、え」一瞬、夫人がわれを忘れるほど、良人は怒った。

背景:

出発に遅れるので、妻が促した言葉に、反発する夫。

ヒント:

so ~ thatと読む

解説:

so ~ thatのsoが略されている。forget oneselfは、この場合「気を失う」「呆然自失する」の意。should have forgottenは(1)過去の反実仮想(本来であれば、気を失ってしまったことだろうに) (2)過去の推量(気を失ったのだろう)、のうち(1)。「彼女が意識を失ってしまいかねなかったほど怒って、彼は言った」のだ。for onceは、「一瞬」でなく「この場限りは(いつもと違って、例外として)」。

修正訳:

その言い方があまりに凄かったので、このときばかりは夫人も思わず気を失いかけた

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